事件名
黄桃の育種増殖方法事件
争点
交配や選抜による植物新品種の伝統的な育種方法において、発明完成のための「反復可能性」は、どの程度あればよいのか?
事実関係
・特許されていた黄桃の育種増殖方法について、無効審判が請求されました。(請求の理由:詳細は不明)
・特許庁は、無効審判の請求不成立審決をしました。(理由:不明)
・特許権者が出訴しました。
・東京高裁は、審決取消訴訟を棄却しました。(理由:不明)
・特許権者が上告しました。
本判決について
・最高裁は、特許権者の上告を棄却しました。
・以下、判旨です。
「技術内容は、その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならないから、
その技術内容がこの程度に構成されていないものは、発明としては未完成のものであって、特許法2条1項にいう「発明」とはいえない(最高裁昭和39年(行ツ)第92号同44年1月28日第三小法廷判決・民集23巻1号54頁参照)。
(規範)
したがって、同条にいう「自然法則を利用した」発明であるためには、当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること、すなわち、反復可能性のあることが必要である。そして、この反復可能性は、「植物の新品種を育種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては、その特性にかんがみ、科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り、その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。
(論証)
けだし、右発明においては、(いったん)新品種が育種されれば、その後は従来用いられている増殖方法により再生産することができるのであって、確率が低くても新品種の育種が可能であれば、当該発明の目的とする技術効果を挙げることができるからである。
(あてはめ)
これを本件についてみると、前記のとおり、本件発明の育種過程は、これを反復実施して科学的に本件黄桃と同じ形質を有する桃を再現することが可能であるから、たといその確率が高いものとはいえないとしても、本件発明には反復可能性があるというべきである。
なお、発明の反復可能性は、特許出願当時にあれば足りるから、その後親品種である晩黄桃が所在不明になったことは、右判断を左右するものではない。
(結論)
これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
解説
本件は、植物の育種増殖方法が、完成された「発明」かどうかが争われ、
「反復可能性」の解釈について言及された事件です。
本件の育種増殖方法は、二つのプロセスからなります。
まず、「育種方法」。二つの品種を交配し、新品種を生み出すプロセスのことです。
つぎに、「増殖方法」です。新品種を新品種から増やすプロセスのことです。
★育種方法
品種1 + 品種2 → 新品種
☆増殖方法
新品種 → 新品種、新品種、新品種
本件では、この植物の育種増殖方法が、完成された「発明」かどうかが争われていました。
裁判で「反復可能性」が問題になったのは、「★育種方法」の確率が低かったためです。
最高裁は、本判決において、いったん新品種を発明の実施により得られることができるのであれば、その後、「☆増殖方法」により本願発明の効果(新品種の生産)が得られるのだから、「★育種方法」の確率は低くても構わないと述べています。
この判決文を読んで注意しなければいけないのは、判旨で、「そして、この反復可能性は、「植物の新品種を育種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては、その特性にかんがみ、科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り、その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。」と言っていることです(赤字の部分に注意)。
つまり、植物の育種増殖方法の「★育種方法」の確率は低くていい、といっているにすぎないのです。
「植物の育種増殖方法」以外の技術については、言及していないのです。
ですので、この事件を他の技術分野にまで一般化するのは禁物です。
たとえば、機械の分野の発明でも確率が低くてもいい、と考えるのは安易です。
感想等
もし、この事件で、「育種増殖方法(=★育種方法+☆増殖方法)」としてではなく、「★育種方法」として出願されていた場合、どのように判断されていたのでしょうか?
また、一般的に、植物の「育種増殖方法」の発明のうち「☆増殖方法」の確率が低い場合、どのように反復可能性が判断されるべきでしょうか?