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解説;筆記具のクリップ取付装置事件、平成21年2月27日判決言渡(平成19年(ワ)第17762号)

本件は、実用新案権者である原告が実用新案権の侵害を理由として被告に損害賠償を請求したところ、被告が無効の抗弁を主張し、原告がこの無効の抗弁に対して、訂正により無効の抗弁が排斥される旨の主張(対抗主張)をした民事訴訟です。

この対抗主張(以下、「訂正の主張」とする)は、訴訟上の再抗弁に位置づけられると解されているところ、近年、この再抗弁の要件事実について言及する裁判例が蓄積しつつあるので紹介します。

Ⅰ 本判決の事実および争点

1.事実

原告 被告 被告補助参加人
H5.11.26 出願  

 

 

 

H10.3.2 登録  

 

 

 

 

 

H18.11.?? ~ 12.31

被告製品を譲渡

 

 

H19.1.19 訂正審判請求  

 

 

 

H19.3.20 訂正審決(後日、確定)  

 

 

 

(H19.??.??. 侵害訴訟の提起?)  

 

 

 

 

 

 

 

H19.8.15 無効審判請求
H19.11.15 訂正請求①

(訂正請求②により、後に取下擬制される)

 

 

≪無効審判に係属≫
H20.3.4 訂正請求②  

 

 

 

 

 

H20.10.2 訂正請求②が

認められた上で無効審決

H20.??.?? 高裁へ審決取消訴訟を提起  

 

 

 

≪審決取り消し訴訟に係属≫ H21.2.27 侵害訴訟

について棄却判決

 

 

2.争点

(1) 「被告製品が本件考案の構成要件を充足するか」
(2) 「本件登録実用新案が実用新案登録無効審判により無効にされるべきものと認められるか」
(3) 「本件訂正請求が認められることにより,本件考案の無効理由が解消され,本件考案に係る本件実用新案権の行使が許容されるか」

Ⅱ 本判決における裁判所の判断

争点1 被告製品は本件考案の技術的範囲に属し、その譲渡行為は実用新案権を侵害するとした。

争点2 本件考案は,実用新案法3条2項の無効理由を有し、権利行使は制限されるとした。

争点3 本件訂正請求によって,被告及び補助参加人らが主張する無効理由は解消されないとした。

結論  下記の判旨に記載の、訂正の主張の要件事実①および③を検討することなく棄却判決。

Ⅲ 訂正の主張に関する裁判例

1.キルビー事件(最判平12年4月11日平成10年(オ)第364号)
最高裁は判決文中で、「特段の事情」として「訂正審判の請求がされていることなど」を例として挙げた。この「特段の事情」の趣旨は、成文化された無効の抗弁でも引き継がれたものと解されている 。

2.104条の3施行後の裁判例
訂正の主張の要件事実を述べた他の裁判例に、〔多関節搬送装置事件〕(東京地判平成19年2月27日判夕1253号241頁)、[半導体素子搭載用基板事件](東京地判平成19年9月21日平成18(ワ)1223号)、〔現像ブレードの製造方法事件〕(東京地判平成20年11月28日平成18(ワ)1223号)がある。これらの裁判例は、いずれも本判決と同旨の要件事実を述べているが、本判決と同様に、それらを要件とする理由は述べられていない。

3.ナイフの加工装置事件(最判平成20年4月24日平成18年(受)1772号)
この判決により、無効主張を否定し又は覆すために、訂正を理由とする無効主張に対する主張をなしえることが最高裁により確認された 。この事件は本判決文中で引用されている(判旨参照)。

Ⅳ 判旨

争点(3)について
「実用新案権による権利行使を主張する当事者は,相手方において,実用新案法30条,特許法104条の3第1項に基づき,当該実用新案登録が無効審判により無効にされるべきものと認められ,当該実用新案権の行使が妨げられるとの抗弁の主張(以下「無効主張」という。)をしてきた場合,その無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)をすることができると解すべきである(最高裁判所平成18年(受)第1772号同20年4月24日第一小法廷判決参照)。
本件において,被告及び補助参加人らは,本件考案が,・・・無効理由を有しているとして,無効主張をしており・・・その無効主張を認めることができる。また,本件登録実用新案の実用新案登録無効審判事件においては,・・・本件訂正請求を認めつつ,本件訂正考案についての実用新案登録を無効とする旨の審決がされたが,同審決が確定したことを認めるに足りる証拠はない。
このような事情の下で,原告は,本件訂正請求により,上記の無効理由が解消される旨の対抗主張をしているところ,当該主張については,上記の無効主張と両立しつつ,その法律効果の発生を妨げるものとして,同無効主張に対する再抗弁と位置付けるのが相当である。そして,その成立要件については,上記権利行使制限の抗弁の法律効果を障害することによって請求原因による法律効果を復活させ,原告の本件実用新案権の行使を可能にするという法律効果が生じることに照らし,原告において,その法律効果発生を実現するに足りる要件,すなわち,①原告が適法な訂正請求を行っていること,②当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること,③被告製品が当該訂正後の請求項に係る考案の技術的範囲に属することを主張立証すべきであると解する。」

Ⅴ 論点に関する学説

1.訂正の主張の可否

下級審の裁判例は、無効の抗弁に対する訂正の主張を認めている 。これに異論を述べる学説は見当たらない。学説が訂正の主張を認める論拠は、(1)実効性ある紛争解決の実現(2)審級の利益や上級審への負担の考慮(3)再審請求の可能性の増加を防止すること等である 。

2.訂正の主張の訴訟上の位置づけ

訂正の主張を、無効の抗弁に対する再抗弁とする説が通説である 。その論拠は、(1)「訂正後の特許が無効理由を有しない」という事実は「訂正前の特許が無効理由を有する」という抗弁事実と両立すること(2)無効の抗弁の法律効果の否定につながることである 。

3.再抗弁の要件について

以下、便宜的に訂正審判の請求と無効審判における訂正の請求をまとめて「訂正請求等」とする。

要件①:適法な訂正請求等を行っていること

ⅰ)適法性については、当然必要であると解されている。ただし、独立特許要件が問題となる場合の特許要件の充足性についての主張立証責任の分配については検討の余地があるとされる 。

ⅱ)訂正請求等を行っていることが必要か否かは、以下のように学説が分かれる。

「訂正請求等を不用とする説」
この説の論拠は、(1)被疑侵害者が無効審判の請求をすることなく無効の抗弁ができることとのバランス(2)訂正の請求等には時期的制限、共同請求の制限及び専用実施権者等の承諾をとる必要があること (3)単なる名目的な訂正の請求等が行われる可能性があること (4)訂正請求等の負担を特許権者に強いることになること等である。

「訂正請求等を必要とする説」
この説の論拠は、(1)訂正後の特許請求の範囲の無効理由の判断のため、訂正後の特許請求の範囲を明確にする必要があること(2)侵害訴訟は原告の権利行使に起因するのだから訂正を請求する必要を甘受すべきであること 等である。この説はさらに2つに分かれる。

― 訂正請求等の確定も必要とする説
この説の論拠は、訂正請求等が確定する前の判断は、上訴による取消しや、再審の対象となる可能性があり法的安定性を欠くことである 。

― 訂正請求等の確定までは要しないとする説
この説の論拠は(1)訂正が確定したからといって、未だ無効になる可能性はあり、真に法的安定性が実現するわけではないこと(2)訂正請求等により無効理由が解消すると見込まれる場合にまで確定を要することは迅速な紛争解決に寄与しないこと等である 。

要件②:訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること
この要件の存在に関して異論を述べる学説は見当たらない。ただし、無効理由の主張立証責任の分配については検討の余地があるとされる 。

要件③:被告製品が当該訂正後の請求項に係る考案の技術的範囲に属すること
この要件に関しては、結論として訂正の主張の要件にしてよいとする意見が有力なようである。しかし、要件事実論の観点から、議論の余地があるという意見がある 。すなわち、上記要件①②を立証すれば、特許法第104条の3の文言「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められる」を否定できると考えられるため、訂正の主張の要件としては不要ではないかという意見である。