事件名
クリップ事件
論点
明細書の記載を変更する訂正で、特許請求の範囲が減縮されたといえる場合があるか?
事実関係
・Yは、「クリップ」に関する発明の特許権者であった(特許第950343号、特公昭52-020240 )。
・Yは、無効審判を請求した。
・審判官は、実案を引用例として、特許を無効にすべきと審決した。
・Xは出訴するとともに、訂正審判を請求した。
・この訴訟の口頭弁論終結前に、発明の詳細な説明のうち、接着剤を用いるという説明の部分4か所を削除すし、接着剤を用いた実施例の図面を削除する訂正の審決がされ、確定した。なお、特許請求の範囲の記載はそのままで、あった。
・Xが、民訴338条1項8号を理由に、原判決は破棄されるべきとして上告した。
本判決の結論
・破棄差し戻し
・判旨
「原審は、本件特許出願の願書に添付した特許請求の範囲の記載が
「目的物Oと係合させられるように各々適合させられた複数の一緒に固定された取付け具から成るクリップであって、該取付け具の各々が目的物貫通部分2と、拡大部分4と、該両部分を結合している該貫通部分2から伸長した細長い区分材6と、該貫通部分2を相互に平行的に間隔を置いて結合している切断されうる部材8、10とから成るクリップにおいて、該拡大部分間に介在してそれらを結合している容易に切断されうる固定部材22を備え、該固定部材は該切断されうる部材より隣接する該拡大部分がねじり力により相互に手作業で分離されうる程充分に弱いことを特徴とするクリップ」
であること等を基礎として、
右特許請求の範囲の記載どおりに本件発明の要旨を認定した上で、
(一) 本件明細書の発明の詳細な説明の項の記載を参酌すると、固定部材は各取付部材の拡大部分間に介在してそれらを結合するものであるが、取付機具(ガン)を用いて目的物に取付具を取り付ける際の人の手による一連の連続的動作によって生じるねじり力等の力によって容易に切断し得る程度に弱いものを指すものと認められ、したがって、本件発明の特許請求の範囲にいう固定部材の構成は叙上認定の趣旨に解すべきであり、そのほかには、その素材、形状、寸法等についてこれを具体的に限定する記載はないから、右要件を具備するものであれば、すべて固定部材に包含される、
(二) 本件明細書の発明の詳細な説明の項及び図面には、固定部材として固化した接着剤(接着層)を使用した実施例に関する記載がある、
(三) 接着層の果たす作用効果は他の固定部材と差異がないとして、本件発明の特許請求の範囲の「固定部材」との記載には固化した接着剤(接着層)を含むものである
と認定判断した。
二 ところで、上告代理人提出の特許庁昭和58年審判第6902号事件審決謄本及び本件記録によれば、本件特許については、上告人の訂正審判請求に基づき、原審口頭弁論終結後の昭和62年3月31日、本件明細書及び図面から接着層に関する第12図及び第13図を削除し、併せて発明の詳細な説明の右図面に関連する説明部分を削除する旨の訂正を、特許法126条1項3号の明瞭でない記載の釈明として認める旨の審決がされ、右審決謄本が同年5月20日上告人に送達され、右審決が確定したことが認められる。
右審決には、明瞭でない記載の釈明に相当するものとして上告人の申立てを認める旨の記載があるが、上告人は明瞭でない記載の釈明又は特許請求の範囲の減縮としての訂正審判を申し立てたものであり、
また、右審決も、同条1項1号の特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判請求を認めるための要件である同条3項に規定する訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであったか否かについても検討を加えた上で、上告人の本件訂正審判請求が右要件を具備している旨の判断をもしている。
原審は、本件明細書の接着剤(接着層)に関する発明の詳細な説明の項の記載や図面などを参酌して、固定部材には接着剤(接着層)が含まれるものと認定判断したものであり、原審の右認定判断は、特許請求の範囲の記載文言の技術的意義が一義的に明確とはいえない場合の発明の要旨の認定の手法によったものとして首肯し得るものであるが、
訂正を認容する審決の確定により、特許請求の範囲の記載文言自体が訂正されたものではないけれども、接着剤(接着層)に関する記載がすべて明細書及び図面から削除されたことによって、出願時に遡って、本件明細書の特許請求の範囲の固定部材に接着剤(接着層)が含まれると解釈して本件発明の要旨を認定する余地はなくなったものと解するのが相当である。
三 したがって、本件特許につき訂正を認容する審決が確定したことにより、本件発明の特許請求の範囲の固定部材の構成は、出願の当初に遡ってこれに接着剤(接着層)を含まないものに減縮されたものと認められるから、原判決の基礎となった行政処分は後の行政処分により変更されたものであり、
原判決には民訴法420条1項8号(現行法の民訴338条1項8号を)所定の事由が存するといわなければならない。このような場合には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があったものとして原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため事件を原審に差し戻すのが相当である(最高裁昭和58年(行ツ)第124号同60年5月28日第三小法廷判決・裁判集民事14573頁参照)。よって、行政事件訴訟法7条、民訴法407条1項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
解説
原審は、特許権者が「接着剤」に関する記載を削除する訂正をした後も、特許請求の範囲の記載の「固定部材」に、接着剤層を含むとしました。
しかし、最高裁は、その訂正は、実質的には接着剤を除外するもので、特許請求の範囲の減縮に相当するといいました。
補足
この判決を一般化してしまうのはよくありません。
この事件は、訂正があった明細書をじっくり見て、判断されただけです。
明細書から引例とかぶる部分を削除すればよいというわけではありません。
コメント
実務では、確実性が求められますので、特許請求の範囲をきちんと減縮訂正するのがふつうです。