いわゆる第二次箱尺事件を解説します。
事件名
第二次箱尺事件(最高裁昭和61年7月17日第1小法廷判決)
争点
外国においてマイクロフィルムが特許庁内でのみ配布され、現実に頒布されていない場合、そのマイクロフィルムは、実案3条1項3号の「頒布された刊行物」にあたるか?
事実関係
・「箱尺」という名称の考案が出願されました。
・特許庁の審判官は、拒絶審決をしました。
審決は、出願前に公告されたオーストラリア明細書が、頒布された刊行物にあたるとしたうえで、出願に係る考案は、 オーストラリア明細書に記載の箱尺から容易に考案できると述べました。
・出願人が出訴しました。
・東京高裁は、出願人の訴えを認め、審決を取り消すべき旨の判決をしました。
判決は、オーストラリア明細書の原本が公開されて複写物の交付が認められるだけでは、オーストラリア 明細書の原本自体が「頒布された刊行物」になったとはいえない、と述べました。
・特許庁長官が上告しなかったので、取消判決が確定しました。
・事件が特許庁に戻り、特許庁の審判官は、再び拒絶審決をしました。
審決は、オーストラリア明細書の複製物であるマイクロフィルムが、「頒布された刊行物」にあたるとしたうえで、出願に係る考案は、複製物であるマイクロフィルムに記載の箱尺から容易に考案できる、と述べました。
・出願人が出訴しました。
・東京高裁は、出願人の訴えを棄却しました。
判決は、複製物であるマイクロフィルムは「頒布された刊行物」にあたると述べました。
・出願人が、上告しました。
本判決について
・最高裁は、出願人の上告を棄却しました。
・以下、判旨です。
「実用新案法3条1項3号にいう頒布された刊行物とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図画その他これに類する情報伝達媒体であつて、頒布されたものを意味するところ(最高裁昭和53年(行ツ)第69号同55年7月4日第二小法廷判決・民集34巻4号570頁参照)、
原審の適法に確定した事実関係によれば、所論のマイクロフイルムは、オーストラリア国特許第408539号にかかる特許出願の明細書の原本を複製したマイクロフイルムであつて、おそくとも本願考案の実用新案登録出願がされた昭和46年11月2日より前の1970年(昭和45年)12月10日までに、同国特許庁の本庁及び五か所の支所に備え付けられ、同日以降はいつでも、公衆がデイスプレイスクリーンを使用してその内容を閲覧し、普通紙に複写してその複写物の交付を受けることができる状態になつたというのであるから、本願考案の実用新案登録出願前に外国において頒布された刊行物に該当するものと解するのが相当である。
けだし、右の事実関係によれば、右マイクロフイルムは、それ自体公衆に交付されるものではないが、前記オーストラリア国特許明細書に記載された情報を広く公衆に伝達することを目的として複製された明細書原本の複製物であつて、この点明細書の内容を印刷した複製物となんら変わるところはなく、また、本願考案の実用新案登録出願前に、同国特許庁本庁及び支所において一般公衆による閲覧、複写の可能な状態におかれたものであつて、頒布されたものということができるからである。
右マイクロフイルムの部数が一般の印刷物と比較して少数にとどまることは、これをもつて頒布された刊行物という妨げとなるものではないというべきである。
したがつて、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、また、所論引用の前示判例に違背する点も存しない。論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。
解説
この事件の刊行物の認定をまとめると、
特許庁は、オーストラリア明細書を、「頒布された刊行物」と認定しました。
ところが、東京高裁は、オーストラリア明細書それ自体が公衆に交付されているわけではないことから、「頒布された」とはいえないとして、審決を取り消しました。
その後、特許庁は、オーストラリア明細書の複製物であるマイクロフィルムを「頒布された刊行物」と認定しました。
そして、東京高裁は、それを支持しました。
さらに、最高裁も、それを支持しました。
ここで、オーストラリア明細書の複製物であるマイクロフィルムは、それ自体が公衆に頒布されているわけではないという点では、オーストラリア明細書それ自体と同じであり、刊行物にあたらないかのようにも思えます。
しかし、最高裁は、オーストラリア明細書の複製物であるマイクロフィルムの頒布性については、閲覧者がマイクロフィルムを閲覧や複製でき、マイクロフィルムの複製物を手に入れられるということから、「「頒布」されたものということができる」としました。
図解
オーストラリア明細書 ・・・特許庁が最初の審査・審判で刊行物と認定したもの
↓(複製)
マイクロフィルム ・・・・特許庁が二回目の審査・審判で刊行物と認定し、高裁と最高裁もそう認定したもの
↓(複製)
マイクロフィルムの複製物 ・・・最高裁が、マイクロフィルムに「頒布性」ありとした根拠
補足1
この判決では、マイクロフィルムの複製物が公衆に手に入ることを理由に、マイクロフィルムが「頒布された刊行物」と認定されました。
この認定の仕方を、オーストラリア明細書にあてはめると、オーストラリア明細書(原本)が公開され複写可能な状態であれば、原本は、「頒布された刊行物」にあたると考えることができるようです。
(旧特許判例百選p26・27、潮海久雄氏の解説参照)。
補足2
本判決の出された当時、公知・公用(特許法第29条第1項第1号、2号)の判断は、日本国内に限定されていたのに対し、刊行物(同3号)は外国において頒布された刊行物も含むとされていました。そのため、本判決で刊行物を範囲を拡く判断したということの重要性は大きかったとの見解があります。