事件名
契約上の不作為義務にもとづく差し止め請求事件
この判決に関する論点
出願前に第三者と実施契約を結んでいた場合で、出願後に請求項を減縮する補正があった場合、その補正に応じて、不作為義務の対象(やってはいけない行為の対象)の範囲が、減少するかどうか?
事実関係
・甲(被上告人)の代表者は、「装置A」と実質的に同一の「装置B」に関する発明Xについて、特許権を取得して実施しようと考えた。一方で、特許出願の準備を進めて、出願をした。
・発明Xの明細書の特許請求の範囲には、インゴットの取付け位置を限定する記載はなかった。
・上告人の丙と、被上告人の甲は、昭和47年1月~4月までの間に、つぎのような契約を口頭で締結した。
それは、
1.「装置A」の製造を、甲が丙に発注する
2.丙は発注を受けてこれを製造して、「装置A」を甲に納入する
という内容であった。
・甲の代表者は、発明Xの特許出願を準備していたため、丙は「装置A」を甲以外には納入販売しないという(不作為)義務を負う旨の合意をした。
・ 丙の代表者は、発明Xの特許出願に拒絶理由が通知されたので、、昭和52年11月21日、発明Xの明細書の特許請求の範囲につき、インゴットの取付け位置を限定する旨の補正をした。
・昭和54年10月18日に、補正された内容で出願公告され、同55年5月20日、設定登録された。
・本訴は、上告人の丙が製造して他に販売した装置(被告装置)は、契約の対象である「装置A」に含まれるとして、甲が丙に対し、「装置A」の製造販売等の差止めと損害賠償を請求した。
・一審は、甲の請求を認容した。
・丙は、高裁に訴えた。
・東京高裁は、丙の請求を棄却した
(理由:契約の対象は発明Xを実施した装置である「装置A」であるが、被告装置は「装置A」に含まれる。発明Xは、出願の過程で明細書の特許請求の範囲が補正された結果、特許請求の範囲が減縮された発明として設定登録され、これにより発明Xの内容が変動しても、補正前に締結された契約の対象となる装置が変動することはない)
※ 東京高裁は、被告装置が補正後の発明の技術的範囲に含まれるか否かを検討することなく、丙の請求を棄却しました。
・丙は上告した
本判決の結論
・破棄差し戻し
・判旨
「原審の右判断は是認することができない。原審の前記認定によれば、上告人はその製造した本願発明の実施に当たる装置を被上告人以外には納入販売しないとの義務を負っていたが、本願発明は、出願の過程で明細書の特許請求の範囲が補正された結果、特許請求の範囲が減縮された本件発明として設定登録されたというのである。
そして、本願発明は掘削装置の構成に関するものであり、右装置が製造されて工事等に使用されたならば、これを現認した者は容易に発明の内容を知ることができるところ、右発明について特許出願をして独占権が与えられない限り、被上告人は他者の右発明の実施を阻止することができないことは明らかである。
そうであるならば、特許出願準備中の本願発明を実施した装置を上告人に製造させる旨の本件契約は、本願発明につき特許出願がされて将来特許権として独占権が与えられることを前提として、このような発明としての本願発明の実施に当たる装置を対象として締結されたものと解すべきである。
けだし、本件契約が、本願発明につき特許出願がされ将来特許権として独占権が与えられるか否かにかかわりなく締結されたとするならば、本件契約に基づいて北辰式掘削装置が製造販売され本願発明を他者が知るところとなり、他者がその実施をすることが可能となるに至る技術的事項につき、契約当事者である上告人のみが実施を禁ぜられることになり、不合理であるといわざるを得ないからである。
したがって、特段の事情の認められない本件においては、本願発明につき、出願の過程で明細書の特許請求の範囲が補正された結果、特許請求の範囲が減縮された場合には、これに伴って本件契約によって被上告人以外に納入販売しないという義務の対象となる装置もその範囲のものになると解するのが相当である。
これを要するに、本願発明がその出願の過程で変動しても本件契約の対象となる装置が変動することはないとした原審の説示には、契約に関する法令の解釈適用を誤る違法があるといわなくてはならない。
そうすると、原判決には右の違法があり、これが原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。
そこで、後記の部分を除き、更に審理判断させるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。
なお、昭和57年9月30日に本件特許を無効とする旨の審決があり、右審決の取消しを求める訴訟において請求棄却の判決がされ、右判決が平成2年4月19日に確定したことは当裁判所に顕著であるから、被上告人の、北辰式掘削装置の製造販売等の差止めを求める部分は、被告装置が本件発明の技術的範囲に属するか否かにかかわらず棄却すべきであり、これと同旨の第一審判決は正当であって、被上告人の控訴は棄却すべきである。」
解説
この判決の読み方には注意が必要です。
なんとなく読んでしまうと、出願前のライセンスの範囲は、発明が減縮補正されたら、その狭くなった発明の範囲になる、というのがこの判決の言わんとしていること、、、、、と誤解してしまいます。
この判決は、あくまでも、甲と丙との間に交わされた契約の内容を解釈をしたのです。
どのように解釈したのかというと、判決文中のこの部分に記載があります。
「特許出願準備中の本願発明を実施した装置を上告人に製造させる旨の本件契約は、本願発明につき特許出願がされて将来特許権として独占権が与えられることを前提として、このような発明としての本願発明の実施に当たる装置を対象として締結されたものと解すべきである」
あくまでも甲と丙の関係から、このような契約の内容を解釈したのです。
したがって、≪出願前のライセンスがあったときに減縮補正があれば、この事件のように、ほかの事件も処理される≫と考えてはいけないのです。
ゆえに、つぎのような問題が残ります。
残された問題
「出願後の補正などで特許請求の範囲が減縮されても不作為義務の範囲がせまくならない」 という契約がなされていた場合、どのようになるのかは、この判決からはわかりません。
つまり、そのような事案は本件とは似ていないので、射程は及ばない、ということです。