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解説;生ゴミ処理装置事件(平成9年(オ)第1918号、最高裁平成13年6月12日第3小法廷判決)

いわゆる生ゴミ処理装置事件を解説します。

事件名
 生ゴミ処理装置事件

争点
 特許を受ける権利を有していた「真の権利者X」が、特許登録の後に、「冒認者Y」を相手取って、登録名義を冒認者から自己へ移転することを請求することができるか?

事実関係
・XとZが、共同発明をして、出願。
・「冒認者Y」が、偽造した譲渡証書により、Xの特許を受ける権利の持ち分を譲り受けた旨の、出願人名義変更届けを特許庁長官に提出。
・ Xは、特許を受ける権利(共有持分)を有することの確認訴訟を提起
・YとZを特許権者とする設定登録
・Xは、上記の確認の訴えを、Zの特許権の持ち分につき移転登録手続きを求める訴えに、変更した。

・一審は、Xの請求を認容した。
・Yが控訴した。
・二審は、Yの請求を認容した。

二審の理由は、つぎのとおり。
①特許権は、行政処分である設定登録により発生するので、無効にされるまでは有効なものとして取り扱うべき②特許を無効にするためには無効審判によるべきで、無効理由の存否については行政機関の判断に委ねるべき
③よって真の権利者から冒認出願による特許権者に対する特許権返還請求について司法判断することは、特許訴訟手続きの趣旨に反する
したがって、「特許の返還を求める請求権」はない

・Xは上告した。

本判決の結論

・認容
・判旨

「上記2の事実関係によれば,本件発明につき特許を受けるべき真の権利者は上告人及び上告補助参加人であり,被上告人は特許を受ける権利を有しない無権利者であって,

① 上告人は,被上告人の行為によって,財産的利益である特許を受ける権利の持分を失ったのに対し,被上告人は,法律上の原因なしに,本件特許権の持分を得ているということができる。

② また,上記2の事実関係の下においては,本件特許権は,上告人がした本件特許出願について特許法所定の手続を経て設定の登録がされたものであって,上告人の有していた特許を受ける権利と連続性を有し,それが変形したものであると評価することができる。

③ 他方,上告人は,本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるものの,特許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとしても,本件特許出願につき既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶され,本件発明について上告人が特許権者となることはできない結果になるのであって,それが不当であることは明らかである

④ (しかも,本件特許権につき特許無効の審決がされることによって,真の権利者であることにつき争いのない上告補助参加人までもが権利を失うことになるとすると,本件において特許無効の審判手続を経るべきものとするのは,一層適当でないと考えられる。)。

⑤ また,上告人は,特許を受ける権利を侵害されたことを理由として不法行為による損害賠償を請求する余地があるとはいえ,これによって本件発明につき特許権の設定の登録を受けていれば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい難い。

⑥その上,上告人は,被上告人に対し本件訴訟を提起して,本件発明につき特許を受ける権利の持分を有することの確認を求めていたのであるから,この訴訟の係属中に特許権の設定の登録がされたことをもって,この確認請求を不適法とし,さらに,本件特許権の移転登録手続請求への訴えの変更も認めないとすることは,上告人の保護に欠けるのみならず,訴訟経済にも反するというべきである。

これら(上記③~⑥)の不都合を是正するためには,特許無効の審判手続を経るべきものとして本件特許出願から生じた本件特許権自体を消滅させるのではなく,被上告人の有する本件特許権の共有者としての地位を上告人に承継させて,上告人を本件特許権の共有者であるとして取り扱えば足りるのであって,そのための方法としては,被上告人から上告人へ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが,最も簡明かつ直接的であるということができる。

もっとも,特許法は,特許権が特許庁における設定の登録によって発生するものとし,また,特許出願人が発明者又は特許を受ける権利の承継者でないことが特許出願について拒絶をすべき理由及び特許を無効とすべき理由になると規定した上で,これを特許庁の審査官又は審判官が第1次的に判断するものとしている。
しかし,本件においては,本件発明が新規性,進歩性等の要件を備えていることは当事者間で争われておらず,専ら権利の帰属が争点となっているところ,特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有していなくても判断し得る事項であるから,本件のような事案において行政庁の第1次的判断権の尊重を理由に前記と異なる判断をすることは,かえって適当とはいえない。

また,本件特許権の成立及び維持に関しては,特許料を負担するなど,被上告人の寄与による部分もあると思われるが,これに関しては上告人が被上告人に対して被上告人のした負担に相当する金銭を償還すべきものとすれば足りるのであって,この点が上告人の被上告人に対する本件請求の妨げになるものではない。

解説

この事件には、まず、行政法一般の構造に関する論点があります。

特許登録は行政処分ですので、それが違法であっても、取消判決などが確定するなどしない限り、裁判所も含めて、何人たりとも、行政処分に効力がないものとして取り扱うことはできません。
また、その効力を否定するためには、行政庁に対する不服申し立て手続きで最終的に決められなければいけません。
したがって、行政法の構造によれば、自己が発明者ないし正当な権利者であるとして特許権の移転登録を求めることはできないのです。

つぎに、特許法固有の論点があります。

まず、特許権者になるには出願をする必要がありますので、発明者が当然に特許権者になれるという前提が特許法において成立するかどうかが問題となります。

また、特許権が付与された発明が、発明者のした発明とは、微妙にちがうものであった場合、無制限に真の権利者の移転請求を認めると、複雑な権利関係を残す可能性があります。

そのような論点がありながら、本判決は、利益考量によって、移転登録請求を認めるべきとの価値判断をしました。
一般には、最高裁は、不当利得返還請求という法律構成により結論を出したと言われています。


補足

ブラジャー事件(東京地裁H14.7.17)との違いがよく取り上げられます。

生ごみ事件と、ブラジャー事件とでは、つぎのように違いがありました。

生ゴミ事件
・発明者は、もともと出願人の一人
・発明者がだれかについて争いなし

ブラジャー事件
・発明者は、出願していない
・発明者が誰なのかが争われていた

 

ブラジャー事件では、裁判所は、移転請求を認めると、自ら出願をしていない者に特許権を付与することを認めることとなってしまうため、特許法の制度の枠を超えてしまい、特許法の登録制度に照らし許されないと述べて、移転請求を認めませんでした。

補足2
平成24年法改正により、74条(特許権の移転の特例)が規定されました。
新設された74条により、生ゴミ処理装置事件の場合については、123条1項第2号(第38条)違反の場合として特許権の移転請求できることになりました。
さらに、ブラジャー事件の場合についても、 123条1項第6号違反の場合として、特許権の移転請求できることになりました。