事件名
生理活性物質測定事件(カリクレイン事件)
この判決に関する特許法上の論点
方法の発明に関する特許権の効力
事実関係
・Xは、特許権者であった。
・特許は「生理活性物質測定方法(カリクレインの生成阻害能の測定方法)」についてなされており、この測定方法は、医薬品の品質検定のために使用される方法である。
・Xは、この測定方法を医薬品Aの確認試験に使っている。
・Yは、後発医薬品Bの確認試験に、特許の方法を使用した。
・ Xは、Yが特許の方法を使用しており、Yの医薬品Bの製造販売が特許権の侵害と訴えた。
・Xは、つぎの1~6をYに求めた。
1.抽出液の製造の差止め、
2.医薬品Bの製造販売の差止め及びこれらの宣伝広告の差止め、
3.医薬品yの廃棄、
4.医薬品Bについて健康保険法に基づき収載された薬価基準申請の取下げ
5.医薬品Bについて薬事法に基づき取得した製造承認の申請の取下げ
6.製造承認によって得ている地位の第三者への承継、譲渡の禁止
・Yは、Yが使用している方法は、特許発明とは異なるとして争った。
・第一審は、Xの特許発明の方法と、Yの使用している方法は異なると認定し、Xの請求を棄却した。
・ Xが控訴
・東京高裁は、Yの使用する方法は、特許発明の方法であるとした。
また、「本件発明は、概念的には方法の発明であるが、本件方法が上告人医薬品の製造工程に組み込まれ他の製造作業と不即不離の関係で用いられていることからすれば、実質的に物を生産する方法の発明と同視することができ、本件特許権は、本件発明を用いて製造された物の販売についても侵害としてその停止を求め得る効力を有する」と判断した。
そして、東京高裁は、 Xの請求のうち、
1.「本件方法を用いた」上告人抽出液の製造の差止め、
2.本件方法を用いた上告人製剤の製造販売及び宣伝広告の差止め、
3.上告人医薬品の廃棄、
4.上告人製剤について健康保険法に基づく薬価基準収載申請の取下げを求める限度で、
被上告人の請求を認容し、
その余の5.と6.の請求を棄却した。
・Yは、100条2項の解釈に誤りがあるとして、上告した。
本判決の結論
・破棄自判
・判旨
「 特許権者は、自己の特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の差止めを請求することができるところ(特許法100条一項)、
特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有するから(同法68条本文)、第三者が業として特許発明を実施することは、特許権の侵害に当たる。
そして、特許発明の実施とは、方法の発明にあっては、その方法を使用する行為をいうから(同法2条3項2号)、特許権者は、業として特許発明の方法を使用する者に対し、その方法を使用する行為の差止めを請求することができる。
これに対し、物を生産する方法の発明にあっては、特許発明の実施とは、その方法を使用する行為の外、その方法により生産した物を使用し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為をいうから(同項3号)、特許権者は、業としてこれらの行為を行う者に対し、これらの行為の差止めを請求することができる。
方法の発明と物を生産する方法の発明とは、明文上判然と区別され、与えられる特許権の効力も明確に異なっているのであるから、方法の発明と物を生産する方法の発明とを同視することはできないし、方法の発明に関する特許権に物を生産する方法の発明に関する特許権と同様の効力を認めることもできない。
そして、当該発明がいずれの発明に該当するかは、まず、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである(同法70条1項参照)。
これを本件について見るに、本件明細書の特許請求の範囲第1項には、カリクレイン生成阻害能の測定法が記載されているのであるから、本件発明が物を生産する方法の発明ではなく、方法の発明であることは明らかである。
本件方法が上告人医薬品の製造工程に組み込まれているとしても、本件発明を物を生産する方法の発明ということはできないし、本件特許権に物を生産する方法の発明と同様の効力を認める根拠も見いだし難い。
【要旨第一】本件方法は本件発明の技術的範囲に属するのであるから、上告人が上告人医薬品の製造工程において本件方法を使用することは、本件特許権を侵害する行為に当たる。
したがって、被上告人は、上告人に対し、特許法100条1項により、本件方法の使用の差止めを請求することができる。
しかし、本件発明は物を生産する方法の発明ではないから、上告人が、上告人医薬品の製造工程において、本件方法を使用して品質規格の検定のための確認試験をしているとしても、その製造及びその後の販売を、本件特許権を侵害する行為に当たるということはできない。
したがって、被上告人が、上告人に対し、上告人医薬品の製造等の差止めを求める前記1.と2.の請求はすべて認容することができないものである(なお、本件訴訟の経過に徴すれば、1.と2.の請求を、本件方法の使用の差止めを求める趣旨を含むものと解することもできない。)。 」