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167条の効力の及ぶ範囲(平成7年(行ツ)第105号、平成12年11月27日第1小法廷判決)

事件名

「クロム酸鉛顔料およびその製法」事件

論点

167条の効力の及ぶ範囲

事実関係

・甲と、乙とが、Xの特許権について、それぞれ無効審判を請求し、同一の事実をを主張し、同一の証拠を提出した。

・特許庁では、二つの無効審判を併合して、審理した。

・審判官は、一通の審決書によって、無効審判の請求を不成立とする審決をした。

・甲は、審決取り消し訴訟を提起したが、乙は提起しなかった。

・東京高裁は、進歩性がないとして、審決を取り消す判決をした。
(Yは、もし乙に関する審決が登録されたら、167条により、甲は無効審判の請求の利益を失うと述べたが、高裁は、失わないと述べた)

・Yは、上告

本判決の結論

・棄却
・判旨 一部略

「特許法167条の趣旨は、ある特許につき無効審判請求が成り立たない旨の審決(以下「請求不成立審決」という。)が確定し、その旨の登録がされたときは、その登録の後に新たに右無効審判請求におけるのと同一の事実及び同一の証拠に基づく無効審判請求をすることが許されないとするものである。

よって、それを超えて、確定した請求不成立審決の登録により、その時点において既に係属している無効審判請求が不適法となるものと解すべきではない。

その理由は、次のとおりである。

同一の特許に対して複数の者が無効審判請求をすることは禁止されておらず、特許を無効とすることについて利益を有する者は、いつでも当該特許に対して無効審判請求をすることができるのであり、この特許を無効とすることについての利益は、無効審判請求をする者がそれぞれ有する固有の利益である。

しかし、ある特許の無効審判請求につき請求不成立審決が確定し、その登録がされた場合において、更に同一の事実及び同一の証拠に基づく無効審判請求の繰返しを許容することは、特許権の安定を損ない、発明の保護、利用という特許法の目的にも反することになる。

そこで、特許法167条は、無効審判請求をする者の固有の利益と特許権の安定という利益との調整を図るため、同条所定の場合に限って利害関係人の無効審判請求をする権利を制限したものであるから、この規定が適用される場合を拡張して解釈すべきではなく、文理に則して解釈することが相当である。

仮に、確定した請求不成立審決の登録により、既に係属している同一の事実及び同一の証拠に基づく無効審判請求が不適法になると解するならば、複数の無効審判請求事件が係属している場合において、一部の請求人が請求不成立審決に対する不服申立てをしなかったときは、これにより、他の請求人が自己の固有の利益のため追行してきたそれまでの手続を無に帰せしめ、その利益を失わせることとなり、不合理といわざるを得ない。

以上のように解するときは、同一特許に対し同一の事実及び同一の証拠に基づいて並行して複数の無効審判請求がされ、特許庁の判断が請求不成立審決と特許を無効にすべき旨の審決(以下「無効審決」という。)とに分かれ、双方が確定する事態が生じ得ることになる。

しかし、無効審決が確定したときは、特許権は、初めから存在しなかったものとみなされるのであるから(特許法125条)、これとは別に既に請求不成立審決が確定していたとしても、当該特許の効力は失われるのであって、審決の矛盾、抵触により法的状態に混乱を生ずることはない。

このことは、事実又は証拠を異にする無効審判請求について請求不成立審決と無効審決がそれぞれ確定した場合と同様である。

また、同一特許に対する同一の事実及び同一の証拠に基づく複数の無効審判請求につき、いずれについても請求不成立審決がされ、一部の者との関係では確定し、その余の者が右審決に対する取消訴訟を提起し請求認容判決及び無効審決を得た場合もこれと同様に解することができる。

この見解に反する大審院の判例(大審院大正八年(オ)第八一一号同九年三月一九日判決・民録二六輯三七一頁)は、これを変更すべきである。

そうすると、被上告人らの無効審判請求がされた時点で、その請求と同一の事実及び同一の証拠に基づく訴外会社の無効審判請求について確定審決の登録がされていない本件において、被上告人らの本件無効審判請求が適法であるとする原審の判断は、結論において是認することができる。

論旨は採用することができない。

論文試験用の要約

特許法167条は、ある特許につき無効審判請求不成立審決が確定し、その旨の登録がされたときは、その登録の後に新たに無効審判請求におけるのと同一の事実及び同一の証拠に基づく無効審判請求をすることが許されないとするものである。

ここで、確定した請求不成立審決の登録により、その時点において既に係属している無効審判請求が不適法となるものと解すべきではないと解する。

その理由は、次のとおりである。

理由1 特許法167条は、無効審判請求をする者の固有の利益と特許権の安定という利益との調整を図るため、同条所定の場合に限って利害関係人の無効審判請求をする権利を制限したものであるから、この規定が適用される場合を拡張して解釈すべきではなく、文理に則して解釈するべきである。

理由2 仮に、確定した請求不成立審決の登録により、既に係属している同一の事実及び同一の証拠に基づく無効審判請求が不適法になると解するならば、複数の無効審判請求事件が係属している場合において、一部の請求人が請求不成立審決に対する不服申立てをしなかったときは、これにより、他の請求人が自己の固有の利益のため追行してきたそれまでの手続を無に帰せしめ、その利益を失わせることとなり、不合理である。

理由3 仮に特許庁の判断が請求不成立審決と特許を無効にすべき旨の審決(以下「無効審決」という。)とに分かれ、双方が確定する事態が生じたとしても、無効審決が確定したときは、特許権は、初めから存在しなかったものとみなされるのであるから(特許法125条)、これとは別に既に請求不成立審決が確定していたとしても、当該特許の効力は失われるのであ-って、審決の矛盾、抵触により法的状態に混乱を生ずることはない。 このことは、事実又は証拠を異にする無効審判請求について請求不成立審決と無効審決がそれぞれ確定した場合と同様である。また、同一特許に対する同一の事実及び同一の証拠に基づく複数の無効審判請求につき、いずれについても請求不成立審決がされ、一部の者との関係では確定し、その余の者が右審決に対する取消訴訟を提起し請求認容判決及び無効審決を得た場合もこれと同様に解することができる。

解説

そもそも、167条は、特許権者の利益と、第三者の利益を調整したものといわれています。
すなわち、まず、原則として、特許無効審判を請求できる人は大勢います。
(現行法では「何人も」です。)
ですので、特許権者からすれば、何回も同じ証拠で裁判を争わないといけない心配があります。
しかし、できれば同じ証拠でする裁判は、一回で済ませてほしいと思っています。

一方、一人が請求したら別の人がもう同じ証拠で請求できないという制度では、早い者勝ちとなってしまい、第三者からすると、不便です。

そこで、確定審決まで、という期間にしたのです。

そして、この事件では、167条の趣旨にあう法的見解を示しました。
すなわち、早く無効審判を請求した人が負けて、出訴するのをあきらめても、あとで無効審判を請求した人が、巻き添えをくらうことはないという点で、第三者の保護が図られています。

補足

167条は、裁判を受ける権利との関係で、憲法違反という人もいます。

なお、オーストリアでは、167条に相当する内容の特許法の条文が、憲法違反として削除されているようです。

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審決取消訴訟の審理範囲(昭和42年(行ツ)第28号、最高裁昭和51年3月10日大法廷判決)

事件名
 メリヤス編機事件

論点
知財高裁における審決取消訴訟の審理範囲とは?

事実関係

・Xは特許権者
・Yが無効審判を請求した
(Yは、公知事実Aの存在、その他の公知事実の存在、冒認を主張した。)

・特許庁は、無効審判請求を認容した。

・Xは、抗告審判を請求した。

・特許庁は、請求を棄却した。

(特許庁は、公知事実Aによって、特許発明が公知と判断し、新規性違反で、無効とした。
特許庁は、その他の公知事実冒認については、判断しなかった。)

・Xが出訴

・東京高裁は、請求を認容し、審決を取り消すべき旨の判決をした。
東京高裁は、公知事実Aは認められないとし、
 その他の公知事実の主張や、冒認の主張や、そのほかのYの主張は、いまだ特許庁の審理判断を経ていないから、これにより審決の適否を判断することはできない、とした)

・Yが上告
その他の公知事実の主張や冒認の主張を、高裁が判断しなかったのは違法だといって上告した)

本判決の結論

・棄却
・判旨 現行法に合わせて改変しています

「         主    文

本件上告理由第五点の論旨は理由がない。

理    由

上告代理人Yの上告理由第五点について

Yの所論は、要するに、上告人Yらが特許庁及び原審において主張した事実について、特許庁における判断を経ていないという理由で判断しなかつた原判決には、法律の適用を誤り、最高裁判所 判例(同庁昭和二六年)に違反した違法があるというのである。

特許法(以下「法」という。)によれば、特許にこれを無効とすべき原因があるとする者は、特許の無効の審判を請求することができる。
他方、審決に関する訴は、東京高等裁判所の専属管轄とされている。そして、更に、訴において請求が理由があると認められるときは、裁判所は、審決を取り消すべく、取消があつた場合には、抗告審判の審判官は、更に審理を行つて審決をすべきものとされている。

これによつてみると、

[理由1]
法は、特許出願に関する行政処分、すなわち特許又は拒絶査定の処分が誤つてされた場合におけるその是正手続については、一般の行政処分の場合とは異なり、常に専門的知識経験を有する審判官による審判の手続の経由を要求するとともに、

[理由2]
審決の取消の訴えにおいては、専ら審決の適法違法のみを争わせ、特許又は拒絶査定の適否は、審決の適否を通じてのみ間接にこれを争わせるにとどめている。
次に、法が審判の手続として定めているところをみると、特許の無効審判の請求については、請求の趣旨および理由を記載した審判請求書を提出すべく、提出された請求書についてはその副本を被請求人に送達して答弁書提出の機会を与えるものとし、また、審判においては、申し立てられた理由以外の理由についても審理することができるが、
この場合には、その理由につき当事者らに対して意見申立の機会を与えなければならないとするとともに、審判に関与する審判官についての除斥、忌避、公開による口頭審理方式、利害関係人の参加、証拠調等、民事訴訟に類似した手続を定めている。

これによつてみると、
[理由3]
法は、特許無効の審判についていえば、そこで争われる特許無効の原因が特定されて当事者らに明確にされることを要求し、審判手続においては、右の特定された無効原因をめぐつて攻防が行われ、かつ、審判官による審理判断もこの争点に限定してされるという手続構造を採用していることが明らかであり、

[理由4]
法167条が一事不再理を規定しているのも、このような手続構造に照応して、確定審決に対し、そこにおいて現実に判断された事項につき対世的な一事不再理の効果を付与したものと考えられる。

[理由5]
そしてまた、法が、審判の審決に対する取消訴訟を東京高等裁判所の専属管轄とし、事実審を一審級省略しているのも、当該無効原因の存否については、すでに、審判手続において、当事者らの関与の下に十分な審理がされていると考えたためにほかならないと解されるのである。  右に述べたような、法が定めた特許に関する処分に対する不服制度及び審判手続の構造と性格に照らすときは、特許無効審判の審決に対する審決取消訴訟において、その判断の違法が争われる場合には、専ら当該審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり、それ以外の無効原因については、右訴訟においてこれを審決の違法事由として主張し、裁判所の判断を求めることを許さないとするのが法の趣旨であると解すべきである。

そこで、進んで右にいう無効原因の特定について考えるのに、法123条1項各号は、特許の無効原因を抽象的に列記しているが、

そこに掲げられている各事由は、いずれも特許の無効原因をなすものとしてその性質及び内容を異にするものであるから、

そのそれぞれが別個独立の無効原因となるべきものと解するのが相当であるし、更にまた、同条同項2号の場合についても、そこに掲げられている各規定違反は、それぞれその性質及び内容を異にするから、これまた各規定違反ごとに無効原因が異なると解すべきである。

しかしながら、無効原因を単に右のような該当条項ないしは違反規定のみによつて抽象的に特定することで足りるかどうかは、特許制度に関する法の仕組みの全体に照らし、

特に法167条が、前記のように、確定審決における一事不再理の効果の及ぶ範囲を同一の事実及び証拠によつて限定すべきものとしていることとの関連を考慮して、慎重に決定されなければならない。

思うに、特許の基本的要件は、法29条に定める「産業上利用することができる発明」に該当することであり、特許すべきかどうか、又は特許が無効かどうかについて最も多く問題になるのも、法29条に適合するかどうか、すなわち29条1項各号の発明に該当しないことをいうと規定している。

すなわち、ある発明が新規性を有するかどうかは、常に、出願時における公知事実との対比においてこれを検討、判断すべきものとされているのである。

ところが、このような公知事実は、広範多岐にわたつて存在し、問題の発明との関連において対比されるべき公知事実をもれなく探知することは極めて困難であるのみならず、このような関連性を有する公知事実が存する場合においても、そこに示されている技術内容は種々様々であるから、新規性の有無も、これらの公知事実ごとに、各別に問題の発明と対比して検討し、逐一判断を施さなければならないのである。

法が前述のような独得の構造を有する審査、無効審判の制度と手続を定めたのは、発明の新規性の判断のもつ右のような困難と特殊性の考慮に基づくものと考えられるのであり、

前記法167条の規定も、発明の新規性の有無が証拠として引用された特定の公知事実に示される具体的な技術内容との対比において個別的に判断されざるをえないことの反映として、その趣旨を理解することができるのである。

そうであるとすれば、無効審判における判断の対象となるべき無効原因もまた、具体的に特定されたそれであることを要し、たとえ同じく発明の新規性に関するものであつても、

例えば、特定の公知事実との対比における無効の主張と、他の公知事実との対比における無効の主張とは、それぞれ別個の理由をなすものと解さなければならない。

以上の次第であるから、審決の取消訴訟においては、審判の手続において審理判断されなかつた公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものといわなければならない。

この見解に反する当裁判所の従前の判例(最高裁昭和三三年)は、これを変更すべきものである。

なお、拒絶査定の理由の特定についても無効原因の特定と同様であり、したがつて、拒絶査定に対する不服審判の審決に対する取消訴訟についても、右審決において判断されなかつた特定の具体的な拒絶理由は、これを訴訟において主張することができないと解すべきである。

それ故、上告人の引用する当裁判所昭和二六年もまた、これを変更すべきである。

以上の見解に立つて本件をみると、上告人が本上告理由において原審がこれにつき審理判断しなかつた違法があると主張する諸事実のあるものは、本件審決が審理判断した無効原因条項とは別個の条項に関するものであり、またその他はいずれも、法一条違反に関するものではあるが、

本件審決が無効原因として認めた公知事実とは別個の公知事実の主張であるから、原審が、本件審決の適否につき、そこで審理判断されていない別個の無効原因であるこれらの事実の主張を考慮すべきでないとしたのは正当であり、原判決には所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

解説

本判決は、旧法に関するものですが、現行法下においてもあてはまります。
本判決は、審決取り消し訴訟の審理範囲を、審判で審理されたものに制限する、ということを言っています。

この判決に対しては、批判が多いです。詳しくは、百選などを読んでください。

本判決の理由づけをキーワードでまとめると、

理由づけ1 審判前置主義
理由づけ2 裁決主義
理由づけ3 無効審判の手続き構造
理由づけ4 無効審判の手続き構造に対応した一事不再理の効力の付与
理由づけ5 審級省略関係

といったところでしょう。

ちなみに他の理由づけとしては、
無効審判に関する審決の審決取消訴訟で、審判で審理されなかった公知事実がもちだされると、
特許権者は、訴訟の中なので、訂正ができませんので、特許権者に不利すぎる、という理由を挙げることができるでしょう。

つまり、新たな証拠が、審判を経由せずに、いきなり訴訟で特許性の判断材料にされては、審判を経由する場合に比べて、不公平が生じるということです。

判旨まとめ

一般に、特許無効審判の審決に対する審決取消訴訟において、その判断の違法が争われる場合には、専ら当該審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり、それ以外の無効原因については、訴訟においてこれを審決の違法事由として主張し、裁判所の判断を求めることは許されない。
理由を以下に述べる。

第一に、法は、特許出願に関する行政処分の是正手続については、一般の行政処分の場合とは異なり、常に専門的知識経験を有する審判官による審判の手続の経由を要求している。

第二に、審決の取消の訴えにおいては、専ら審決の適法違法のみを争わせ、特許査定の適否は、審決の適否を通じてのみ間接にこれを争わせるにとどめている。

第三に、法は、特許無効の審判についていえば、そこで争われる特許無効の原因が特定されて当事者らに明確にされることを要求し、審判手続においては、特定された無効原因をめぐつて攻防が行われ、かつ、審判官による審理判断もこの争点に限定してされるという手続構造を採用している。

第四に、法167条が一事不再理を規定しているのも、このような手続構造に照応して、確定審決に対し、そこにおいて現実に判断された事項につき対世的な一事不再理の効果を付与したものと考えられる。

第五に、法が、無効審判の審決に対する取消訴訟を東京高等裁判所の専属管轄とし、事実審を一審級省略しているのも、当該無効原因の存否については、すでに、審判手続において、当事者らの関与の下に十分な審理がされていると考えたためにほかならないと考えられる。

以上に述べたような、法が定めた無効審判手続の構造と性格に照らすときは、上記結論が導かれる。

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先願発明との同一性 (平成3年(行ツ)第98号、最高裁平成5年3月30日第3小法廷判決)

最高裁平成5年3月30日第3小法廷判決

事実関係

・先願特許権者のYが、後願特許権者Xの特許に、39条1項の無効理由があるとして、審判請求をした。

・先願特許と、後願特許は、ともに「通電加工装置」という発明に関するもの。

・特許された後願の請求の範囲には、「短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得る」という文言があった。(これを、「逆方向軌跡の構成」と呼ぶ)

・じつは、先願にも、「逆方向軌跡の構成」にあたる文言が、特許の前にはあったのだが、審査官が、この文言は動作を述べたもので、動作は発明の構成に書くことのできない事項に該当しない、と述べた拒絶理由を受けて、その「逆方向軌跡の構成」にあたる文言を補正で削除していたという経緯があった。

・ 特許庁は、無効審判の請求を認容した。
(先願の特許請求の範囲には、「逆方向軌跡の構成」が記載されていないものの、発明の構成に必須であるとして、先願発明の要旨を、「逆方向軌跡の構成」を含めて認定し、両発明は同一とした。)

・後願特許権者Yが出訴

・東京高裁は、無効審決を取り消すべきとして、Yの請求を認容した。

( 東京高裁は、まず、明細書の「発明の詳細な説明」から、発明の必須の構成とされる事項であっても、特許請求の範囲に全く記載されていない事項を記載があるものとすることはできない、と一般論を述べた。
そして、本件では、特許請求に「逆方向軌跡の構成」を有する旨の直接の記載もなく、また、明細書の「発明の詳細な説明」の記載を参酌しても、特許請求の範囲の記載が実質的に「逆方向軌跡の構成」を表すものと解することのできる記載はないので、特許請求の範囲に「逆方向軌跡の構成」を加えて認定することはできない、とした。

本判決

・破棄差し戻し

・判旨 (後半で最高裁は場合分けをして検討していますので、注意して読んでください)

「原審の確定した事実関係は次のとおりである。

1 本件(後願)発明の特許請求の範囲の記載は、

「加工材と加工電極との間の加工電圧と基準電圧との差電圧に応動し加工材または加工電極を相対的に駆動するサーボ装置と、予定された加工形状を前記加工電極が追跡するようにデジタル量として指令信号が記憶されている記憶媒体と、前記指令信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各指令信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記記憶媒体を移動しかつ前記加工材と加工電極との短絡に際しては前記記憶媒体を逆方向に移動させる制御装置とを有し、短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得ることを特徴とする数値制御通電加工装置。」

というものである。

2 特許庁は、昭和60年9月24日、本件発明は、その先願に当たる昭和43年特許願第41029号の発明(以下「先願発明」という)と同一の発明と認められるとして、被上告人の本件特許を無効とする旨の本件審決をした。

3 先願発明の特許請求の範囲の記載は、

「電極と加工物間の電圧と設定電圧との差電圧に応動し、電極又は加工物を相対的に駆動するサーボ装置、予定された加工形状を前記電極が追跡するようにデジタル量として情報信号が記録されているテープと、前記情報信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各情報信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記テープを移動しかつ前記加工物と電極との短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置とを有するデジタル制御による通電加工装置。」

というものである。 」

「原審は、被上告人主張の主位的な審決取消事由を理由があるものと認め、先願発明には、本件(後願)発明における

「短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得る」

との構成(以下「逆方向軌跡の構成」という)は、

先願発明についての明細書の発明の詳細な説明の欄から読み取ることができるものの、特許請求の範囲にはその記載がないことを理由に、

この記載の構成を先願発明の構成に加えて先願発明の要旨を認定し先願発明を本件発明と同一のものとした本件審決は違法であるとして、これを取り消した。

三 しかしながら、原審の右の判断は是認することができない。

その理由は、次のとおりである。

原審の確定したところによると、先願発明の前記特許請求の範囲の記載は、数次の補正を経ているものであり、逆方向軌跡の構成に当たる文言は前記の特許請求の範囲の記載に補正される前には存在していたところ、

先願発明に係る特許出願における審判手続で、右の「文言は所望の動作を述べたものとしか認められない。動作は発明の構成に欠くことができない事項に該当しない。」との拒絶理由通知が示されたことから、先願発明の特許出願人は逆方向軌跡の構成に当たる文言を削除する補正をしたというのである。

これによると、逆方向軌跡の構成は単に他の構成から生ずる作用を示したにすぎず、

したがってまた、本件(後願)発明の逆方向軌跡の構成も、発明の構成に欠くことのできない事項には当たらないと認める余地があるというべきである。

しかるに、原審はこの点について何ら説示を加えないまま、逆方向軌跡の構成の文言の有無のみをもって、本件発明と先願発明の同一性の有無を判断したものであり、

原判決にはこの点において理由不備の違法があるといわなければならない。

また、先願発明の特許請求の範囲の記載にある「短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置」との構成は、逆方向軌跡の構成を包含するものであることが明らかであるところ、

逆方向軌跡の構成が、発明の構成に欠くことのできない事項に当たるとすれば
被上告人の本件(後願)発明は逆
方向軌跡の構成のみを採択したものであるといわなければならない。

この点に加え、その余の構成すべてにおいて本件発明は先願発明と同一のものであるとするならば
本件(後願)発明は、先願発明の構成に更に限定を加えたものにほかならないことになる。

そして、被上告人は、逆方向軌跡の構成以外の構成においては、本件(後願)発明は先願発明とすべて同一のものに帰するとした本件審決の認定を争っておらず、

また、本件発明の構成が先願発明の構成に包含されるとしても、なお本件発明と先願発明との同一性を否定することができるような特段の事情についての主張はないから、

本件発明は先願発明に包含されるものであり、先願発明と同一の発明であるというべきである。

他方、右にみたところからすると、逆方向軌跡の構成が、前記のように他の構成から生ずる作用を示したにすぎないものであるとすれば、本件発明が先願発明と同一の発明であることはいうまでもない。

そして、更に進んで本件をみるのに、

本件発明と先願発明の対象となっている通電加工装置のうち、特に線状電極を用いて任意の連続形状を加工する態様のものにおいては、先願発明の「短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置」との構成を採択すれば、加工電極は追跡軌跡を逆方向にたどる以外の作用を呈することはないのであって、先願発明においても、逆方向軌跡の構成が包含されていることは明らかである。

そのような通電加工装置においては、本件発明と先願発明は同一の構成に係るものであることは疑問の余地がなく、結局、本件発明は先願発明に包含されるもので、先願発明と同一の発明といわざるを得ない。

原判決には、特許法39条1項の解釈適用を誤った違法があり、この違法が原判決の結論に影響することは明らかである。

この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

本件発明が先願発明と同一のものであるとした本件審決の認定に違法があるとする被上告人の主位的な審決取消事由は失当である。

ところで、被上告人は、先願発明について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした明細書の補正はその要旨を変更するものであり、その特許出願日は本件発明の特許出願日よりも後の日に繰り下がるものとされ、先願発明は本件発明の先願とはいえないことになるから、先願発明が本件発明の先願に当たるものであることを理由に本件発明は特許を受けることができなかったとした本件審決は違法であるとの予備的な審決取消事由を主張している。

この事由については、本件審決で明示の判断が示されていないところであるが、本件審決は、先願発明は本件発明の特許出願日より前の日に特許出願されたものに係るものであると認定しているのであるから、その前提として、先願発明には要旨変更を伴う明細書の補正はなかった旨の黙示的な判断を加えていることが明らかであり、本訴においては、進んで、予備的な審決取消事由について審理判断をする必要がある。

そこで、予備的な審決取消事由の存否について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

解説 ~この判決の意味~

もういちどおさらいすると、

特許庁は、特許請求の範囲に記載のない事項を加えて発明の要旨を認定し、実質同一としたのですが、

逆に、高裁は、特許請求の範囲の記載に「逆方向軌跡の構成」の文言がないことを根拠に、審決を取り消しました。すなわち、高裁は特許請求の範囲の文言にこだわったのです。

しかし、最高裁は、先願と後願の特許請求の範囲に記載された事項の技術的意義を、発明の詳細な説明の記載に照らして解明し、判旨のとおり、高裁とは異なる結論を導きました。

すなわち最高裁は、先願と後願の発明の内容をしっかりと見ました。そして、先願の請求の範囲には「逆方向軌跡の構成」の文言はないけれども、残りの文言から把握できる発明が、「逆方向軌跡の構成」を有していると言いったのです。 (※ 高裁が文言だけで先願の特許発明の内容を判断したのとは異なります)

さらに、傍論で、

後願の特許請求の範囲の発明は、
「逆方向軌跡の構成」が発明の特定に不可欠な事項であったとすれば、単に先願の特許発明を限定しただけだ、といいました。一方、単に、構成から自然に導かれる作用を書いたのだとすれば、やはり技術的思想としてみれば同一だ、といいました。

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オリンパス事件(平成13年(受)第1256号、最高裁昭和15年4月22日第2小法廷判決)

事件名
 オリンパス事件

論点
使用者から対価をすでに受け取った発明者が、その受け取った対価と相当の対価との差額を、使用者に請求できるか?

事実関係

・使用者Xのもとで、「ピックアプ装置」を発明した発明者Yがいた。
・Yは、特許を受ける権利を勤務規則によりYから承継した。
・Yは、出願補償として3000円、登録補償として8000円、Xが他者にライセンスできた報償として20万ををもらった。
・Yは、額が足りないとして、使用者Xを訴えた。

本判決の結論(一部略)

「特許法35条によれば,使用者等は,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく,使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)において,特許を受ける権利等が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり,また,その承継について対価を支払う旨及び対価の額,支払時期等を定めることも妨げられることがないということができる。

しかし,いまだ職務発明がされておらず,承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に,「あらかじめ対価の額を確定的に定めること」ができないことは明らかである。

よって,35条の趣旨及び規定内容に照らしても,「これ」が許容されていると解することはできない。

換言すると,勤務規則等に定められた対価は,これが同条3項,4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別,それが直ちに「相当の対価」の全部に当たるとみることはできないのであり,その対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項,4項所定の相当の対価に当たると解することができる。

したがって,【要旨1】勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である。

本件においては,・・・である。そうすると,特許法35条3項,4項所定の相当の対価の額が上告人規定による報償金の額を上回るときは,上告人はこの点を主張して,不足額を請求することができるというべきである。

原審の上記第1の3(1)の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認することができる。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用することができない。 」

(消滅時効について)
「1 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。

対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが,しかし、対価の支払時期については明文の規定はない。

したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。

そうすると,【要旨2】勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。 本件においては,・・・規定に従って報償の行われるべき時が本件における相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となるから,被上告人が本件訴訟を提起した同7年3月3日までに,被上告人の権利につき消滅時効期間が経過していないことは明らかである。

所論の点に関する原審の上記第1の3(2)の判断は,結論において正当であり,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。 」

解説~この判決の意味~

相当の対価の算定は、事前であっても、事後であっても、正確に行うことは困難です。
本判決は、発明者がいったん対価を受け取ったとしても、のちのち、相当の対価との差額を請求できることを明らかにしました。

この法律判断は、発明者にとっては都合がよいのですが、会社にとってはどうでしょうか。
いい発明が出てきても、将来に発明者に訴訟を起こされて、大金をむしり取られる不安を抱えたまま、経営を続けなければいけない、、、、訴えられるかわからない発明者のために、ある程度の資本を内部に蓄えておかなければいけなくなります。経営上、予測性がない不安要素となってしまいました。
この判決に、当当時、多くの会社の経営者が不満をもったことは記憶に新しいことです。

補足

対価の算定について、そこまで厳格な計算を要求することは、面倒です。
なので、相当の対価は、幅のある概念でとらえておき、著しく不当でなければ、違法ではないとする考え方をとったほうが、便利でしょう。

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職務該当性(昭和43年12月13日、最高裁昭和43年12月13日第2小法廷判決

事件名

石炭窒素の製造炉事件

争点

使用者等が、従業者等に対してある発明を完成すべき旨の具体的な指示や命令をしていなかった場合、「その発明をするに至った行為」は、従業者等の「職務」にあたるか?

背景

旧法の事件です。

事実関係

・Aは、技術部門担当の最高責任者。
・Aは、使用者から具体的な指示がないまま、使用者Yの人材、設備、資金を利用して考案をした。
・Aは出願して登録を受けた。
・Aが死んだ後、権利を相続したXは、考案を実施する使用者Yに、損害賠償請求をした。

・亡くなったAさんがした考案について、使用者は(現行法でいう35条1項の)通常実施権を有することを主張した。

・一審と二審は、いずれも、使用者Yが通常実施権を有するとして、Xの請求を認めなかった。

本判決の結論

・棄却

・判旨(一部省略)

「原判決(その引用する第一審判決を含む。)の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の先代であるAは、同人が石灰窒素の製造炉に関する本件考案を完成するに至つた昭和26年3月当時、

石灰窒素等の製造販売を業とする被上告会社(Y)の技術部門担当の最高責任者としての地位にあつたものであり、かつ、その地位にもとづき、被上告会社における石灰窒素の生産の向上を図るため、その前提条件である石灰窒素の製造炉の改良考案を試み、その効率を高めるように努力すべき具体的任務を有していたものであるから、

Aが本件考案を完成するに至つた行為は、Aの被上告会社(Y)の役員としての任務に属するものであつたというべきであり、

したがつて、被上告会社(Y)は、本件実用新案につき、旧実用新案法(大正10年法97号)26条、旧特許法(大正10年法96号)14条2項にもとづく実施権を有する、とした原審の解釈判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、独自の見解を主張するものにすぎず、採用する
ことができない。」

解説~本判決の意味~ (百選66~67頁より)

本判決は、使用者Y(会社Y)の方針や、Aの会社Yにおける地位に基づいて判断しています。
なので、本判決は、具体的な指示や命令がある場合に「職務」にあたるかという法律的な問題には答えは出していません、実質的にはこれを否定したものといえるでしょう。

本判決の後も、裁判例は「職務」に該当する場合を、具体的な指示や命令がある場合に限定していないようです。

補足

百選で執筆教授は、「職務」に該当するか否かにおいて、使用者の資源を利用したかどうかは無関係に判断されるべきである、という見解を述べています。
なぜなら、使用者は、発明完成に、資源が利用されなかったから職務発明が成立しないとすると、発明のための投資意欲を失いかねないからだそうです。

ほかにも、勤務時間外の場合はどうか、自己の費用でされた場合はどうか、試験研究を職務としない者についてはどうか、など、「職務」該当性の判断は、事案ごとに考慮要素が大きくちがうので、どうしても一様な解釈ではうまくいかないでしょう。

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生ゴミ処理装置事件(平成9年(オ)第1918号、最高裁平成13年6月12日第3小法廷判決)

事件名
 生ゴミ処理装置事件

争点
 特許を受ける権利を有していた「真の権利者X」が、特許登録の後に、「冒認者Y」を相手取って、登録名義を冒認者から自己へ移転することを請求することができるか?

事実関係
・XとZが、共同発明をして、出願。
・「冒認者Y」が、偽造した譲渡証書により、Xの特許を受ける権利の持ち分を譲り受けた旨の、出願人名義変更届けを特許庁長官に提出。
・ Xは、特許を受ける権利(共有持分)を有することの確認訴訟を提起
・YとZを特許権者とする設定登録
・Xは、上記の確認の訴えを、Zの特許権の持ち分につき移転登録手続きを求める訴えに、変更した。

・一審は、Xの請求を認容した。
・Yが控訴した。
・二審は、Yの請求を認容した。

二審の理由は、つぎのとおり。
①特許権は、行政処分である設定登録により発生するので、無効にされるまでは有効なものとして取り扱うべき②特許を無効にするためには無効審判によるべきで、無効理由の存否については行政機関の判断に委ねるべき
③よって真の権利者から冒認出願による特許権者に対する特許権返還請求について司法判断することは、特許訴訟手続きの趣旨に反する
したがって、「特許の返還を求める請求権」はない

・Xは上告した。

本判決の結論

・認容
・判旨

「上記2の事実関係によれば,本件発明につき特許を受けるべき真の権利者は上告人及び上告補助参加人であり,被上告人は特許を受ける権利を有しない無権利者であって,

① 上告人は,被上告人の行為によって,財産的利益である特許を受ける権利の持分を失ったのに対し,被上告人は,法律上の原因なしに,本件特許権の持分を得ているということができる。

② また,上記2の事実関係の下においては,本件特許権は,上告人がした本件特許出願について特許法所定の手続を経て設定の登録がされたものであって,上告人の有していた特許を受ける権利と連続性を有し,それが変形したものであると評価することができる。

③ 他方,上告人は,本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるものの,特許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとしても,本件特許出願につき既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶され,本件発明について上告人が特許権者となることはできない結果になるのであって,それが不当であることは明らかである

④ (しかも,本件特許権につき特許無効の審決がされることによって,真の権利者であることにつき争いのない上告補助参加人までもが権利を失うことになるとすると,本件において特許無効の審判手続を経るべきものとするのは,一層適当でないと考えられる。)。

⑤ また,上告人は,特許を受ける権利を侵害されたことを理由として不法行為による損害賠償を請求する余地があるとはいえ,これによって本件発明につき特許権の設定の登録を受けていれば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい難い。

⑥その上,上告人は,被上告人に対し本件訴訟を提起して,本件発明につき特許を受ける権利の持分を有することの確認を求めていたのであるから,この訴訟の係属中に特許権の設定の登録がされたことをもって,この確認請求を不適法とし,さらに,本件特許権の移転登録手続請求への訴えの変更も認めないとすることは,上告人の保護に欠けるのみならず,訴訟経済にも反するというべきである。

これら(上記③~⑥)の不都合を是正するためには,特許無効の審判手続を経るべきものとして本件特許出願から生じた本件特許権自体を消滅させるのではなく,被上告人の有する本件特許権の共有者としての地位を上告人に承継させて,上告人を本件特許権の共有者であるとして取り扱えば足りるのであって,そのための方法としては,被上告人から上告人へ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが,最も簡明かつ直接的であるということができる。

もっとも,特許法は,特許権が特許庁における設定の登録によって発生するものとし,また,特許出願人が発明者又は特許を受ける権利の承継者でないことが特許出願について拒絶をすべき理由及び特許を無効とすべき理由になると規定した上で,これを特許庁の審査官又は審判官が第1次的に判断するものとしている。
しかし,本件においては,本件発明が新規性,進歩性等の要件を備えていることは当事者間で争われておらず,専ら権利の帰属が争点となっているところ,特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有していなくても判断し得る事項であるから,本件のような事案において行政庁の第1次的判断権の尊重を理由に前記と異なる判断をすることは,かえって適当とはいえない。

また,本件特許権の成立及び維持に関しては,特許料を負担するなど,被上告人の寄与による部分もあると思われるが,これに関しては上告人が被上告人に対して被上告人のした負担に相当する金銭を償還すべきものとすれば足りるのであって,この点が上告人の被上告人に対する本件請求の妨げになるものではない。

解説

この事件には、まず、行政法一般の構造に関する論点があります。

特許登録は行政処分ですので、それが違法であっても、取消判決などが確定するなどしない限り、裁判所も含めて、何人たりとも、行政処分に効力がないものとして取り扱うことはできません。
また、その効力を否定するためには、行政庁に対する不服申し立て手続きで最終的に決められなければいけません。
したがって、行政法の構造によれば、自己が発明者ないし正当な権利者であるとして特許権の移転登録を求めることはできないのです。

つぎに、特許法固有の論点があります。

まず、特許権者になるには出願をする必要がありますので、発明者が当然に特許権者になれるという前提が特許法において成立するかどうかが問題となります。

また、特許権が付与された発明が、発明者のした発明とは、微妙にちがうものであった場合、無制限に真の権利者の移転請求を認めると、複雑な権利関係を残す可能性があります。

そのような論点がありながら、本判決は、利益考量によって、移転登録請求を認めるべきとの価値判断をしました。
一般には、最高裁は、不当利得返還請求という法律構成により結論を出したと言われています。


補足

ブラジャー事件(東京地裁H14.7.17)との違いがよく取り上げられます。

生ごみ事件と、ブラジャー事件とでは、つぎのように違いがありました。

生ゴミ事件
・発明者は、もともと出願人の一人
・発明者がだれかについて争いなし

ブラジャー事件
・発明者は、出願していない
・発明者が誰なのかが争われていた

ブラジャー事件では、裁判所は、移転請求を認めると、自ら出願をしていない者に特許権を付与することを認めることとなってしまうため、特許法の制度の枠を超えてしまい、特許法の登録制度に照らし許されないと述べて、移転請求を認めませんでした。

補足2
平成24年法改正により、74条(特許権の移転の特例)が規定されました。
新設された74条により、生ゴミ処理装置事件の場合については、123条1項第2号(第38条)違反の場合として特許権の移転請求できることになりました。
さらに、ブラジャー事件の場合についても、 123条1項第6号違反の場合として、特許権の移転請求できることになりました。

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酸化ベリリウム事件(昭和51年(行ツ)第9号、最高裁昭和51年4月30日第2小法廷判決)

事件名

酸化ベリリウム事件(最高裁昭和51年4月30日第2小法廷判決)

論点

出願後に頒布された刊行物によって、出願時の技術水準を認定することは、実案3条2項に反するか?

事実関係

・特許庁の審判官は、拒絶審決をしました。

(審決は、第一引用例と第二引用例から、本願発明が容易に推考可能である、と述べました。)
・出願人が、出訴しました。
・東京高裁は、出願人の訴えを棄却しました。
(東京高裁は、出願時の技術水準を判断する資料として、特許庁内における不服審判手続きに現れていなかった、出願後に頒布された刊行物を新たな資料として採用し、その新たな証拠によって、出願時の技術水準を認定し、実案3条2項の容易推考性を判断しました。)
・出願人は、上告しました。

本判決について

・最高裁は、出願人の上告を棄却しました。

・以下、判旨です。

「実用新案登録出願にかかる考案の進歩性の有無を判断するにあたり、出願当時の技術水準を出願後に頒布された刊行物によって認定し、これにより進歩性の有無を判断しても、そのこと自体は、実用新案法3条2項の規定に違反するものではない。」

解説

本件は、(メリヤス事件の射程の中で)出願時点の考案の進歩性を判断するときに、出願当時の技術水準を、出願後に頒布された刊行物によって認定できる、としたものです。

つまり、本事件で最高裁は、出願時に発行されていた「刊行物」に、出願時に存在していた「情報」が記載されていなかったとしても、その「情報」が出願後に発行された刊行物に記載されていた場合には、その刊行物に記載された情報を、出願時の進歩性の判断材料にしてもよい、と言ったのです。

なお、「出願後に頒布された刊行物」の例としては、出願後に公開された先願の特許公報が挙げられます。

補足(進歩性の判断と技術水準について)

発明の進歩性を判断に、技術水準が考慮されるとは、どういうことをいうのか、解説します。

審査の流れ

通常、出願された発明は、審査請求された後、審査官によって、新規性や進歩性などの要件が審査されることになります。

このとき、審査官は、出願時より前に発行された文献の中から、出願された発明(請求項に記載された発明)の構成要件を満たす発明が記載された文献を探します。

このとき、

・出願された発明の構成要件を満たす発明が記載された文献を見つけた場合、審査官は、「新規性なし」の拒絶理由を出願人に通知します。

・出願された発明の構成要件を満たす発明が記載された文献を見つけることができなかったときは、審査官は、なるべく、出願された発明に近い発明が記載された文献を探し、その発明と、出願された発明との差異をチェックします。

つぎに、審査官は、その発明と、出願された発明との差異に、進歩性がないことの論理付けができるかどうか検討します。

そして、進歩性がないことの論理付けができる場合、出願人に「進歩性なし」の拒絶理由を通知します。

進歩性の判断と、技術水準の考慮

進歩性がないことの論理付けは、実務上、出願された発明に近い発明が記載された文献と、出願された発明との「差異」を生み出すことが、当業者にとって、出願時に容易であったかどうかにより判断されます(容易であると判断されれば「進歩性なし」となります)。

技術水準は、「差異」を生み出すことの容易性の判断に考慮されます。

たとえば、2012年現在、タッチパネル式のカーナビ装置はないが、タッチパネル自体は入力装置として広く知られている技術(周知技術)だと仮定します。

ここで、タッチパネル式のカーナビ装置が出願されたとします。

そして、審査官は、タッチパネル式ではないカーナビ装置が記載された「文献A」を発見したとします。

このとき、審査官は、「当業者は、文献Aに、周知技術を組み合わせて、出願にかかる発明を完成させることは簡単だ」という見解を記載した拒絶理由を通知してきます。

補足2

関連した問題点として、特許判例百選(42~43)に次の見解が挙げられています。

1-1
審決取り消し訴訟で、容易推考事実としての公知刊行物「甲」、および出願当時の技術水準を証する証拠「丙」としての、新たな公知刊行物「乙」を証拠として追加する場合であって、

‐ 実質的に主要事実(甲や丙と置き換えるようなとき)である場合
→最大判(メリヤス)や、167条の逸脱行為であり許されない

‐ 甲や丙の補強証拠である場合
→許される

1-2

審決取り消し訴訟で、容易推考事実としての公知刊行物「甲」、および出願当時の技術水準を証する証拠「丙」としての、新たな非公知刊行物「乙」を証拠として追加する場合であって、

‐ 出願当時の技術水準を補強するものである場合
→許される(本判決の事案)

‐ 出願当時の技術水準を認定する唯一の証拠である場合
→この場合は、最大判(メリヤス)や、167条の逸脱行為であり許されないと思う

2-1

技術水準を主張立証するための補助証拠である場合
→問題はない

2-2

出願時の技術水準を引き上げるための証拠となる場合
→技術水準という主要事実を直接立証する証拠の一部となるので、この場合は最大判との関係で問題がある。

※ このあたりは、訴訟の立証方法に関する細かい部分であり、面白いところなのですが、弁理士試験ではまず出ないでしょう。

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刊行物への発表(昭和61年(行ツ)第160号、最高裁昭和61年7月17日第1小法廷判決)

最高裁昭和61年7月17日第1小法廷判決

争点

発行された特許公報に記載された発明は、特許法30条1項(平成24年法改正後は30条2項に対応)の新規性の喪失の例外の適用を受けられるか?

事実関係

・「第三級環式アミンの製法」を、日本、西ドイツ、オランダに出願していた出願人がいた
・それらの出願は出願公開された
・その後、日本は、法改正により昭和51年1月1日以降の出により物質特許が取得できるようになった
・出願人は、その昭和51年1月1日に、新規性喪失の例外(刊行物への発表をしたとして)の適用を受けるつもりで、「第三級環式アミン」の特許出願をした。
・特許庁は、拒絶審決(理由: 30条1項にいう「発表」ではない)
・東京高裁は、棄却(理由:30条1項の「刊行物」に、公開特許公報が含まれない)
・出願人は、30条1項の「刊行物」にも、29条と同様に公開特許公報が含まれると解釈するべきとして、上告。

本判決の結論

・棄却
・判旨

「特許を受ける権利を有する者が、特定の発明について特許出願した結果、その発明が公開特許公報に掲載されることは、特許法三〇条一項にいう「刊行物に発表」することには該当しないものと解するのが相当である。

けだし、同法二九条一項のいわゆる新規性喪失に関する規定の例外規定である同法三〇条一項にいう「刊行物に発表」するとは、特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合を指称するものというべきところ、

公開特許公報は、特許を受ける権利を有する者が特許出願をしたことにより、特許庁長官が手続の一環として同法六五条の二の規定に基づき出願にかかる発明を掲載して刊行するものであるから、
これによって特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないからである。

そして、この理は、外国における公開特許公報であっても異なるところはない。

したがって、原判決は結論において是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。」

解説

上記のように、東京高裁は、30条1項の「刊行物」に、特許公報が含まれないとの理由で、30条1項の適用なしと判断しました。

しかし、最高裁は、特許公報が30条1項の「刊行物」にあたらないとは解釈せずに、「刊行物に発表」の解釈を述べ、30条1項の適用なしと結論づけました。

最高裁が、東京高裁の理論を採用しなかったのは、特許公報が「刊行物」にあたらないというのは、文言上、無理があると考えたからと言われています。

補足

従来の審査実務は、特許公報に掲載された発明に、新奇性喪失の例外の適用を認めていたようです。 しかし、昭和50年から、そのような適用を無くす運用に変更されました。

審査実務の変更後、変更した審査実務を是認する審決が出されるようになり、その審決に対し、審決取消訴訟を提起した案件が何件かあったようです。

本判決は、新しい審査実務の定着を図ったものであるといわれています。

補足2

平成24年の法改正により、上記の判決で問題となった30条1項が削除され、30条2項が創設されました。

改正後の30条2項では、発明、実用新案、意匠または商標に関する公報に掲載されたことにより29条1項各号のいずれかに該当するに至った発明について、新規性の喪失の例外が受けられないこととなっています。

つまり、上記の最高裁の結論が、明文化されました。

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黄桃の育種増殖方法事件(平成10(行ツ)19 号、最高裁昭和52年10月13日第1小法廷判決)

事件名
 黄桃の育種増殖方法事件

争点
交配や選抜による植物新品種の伝統的な育種方法において、発明完成のための「反復可能性」は、どの程度あればよいのか?

事実関係

・特許されていた黄桃の育種増殖方法について、無効審判が請求されました。(請求の理由:詳細は不明)
・特許庁は、無効審判の請求不成立審決をしました。(理由:不明)
・特許権者が出訴しました。
・東京高裁は、審決取消訴訟を棄却しました。(理由:不明)
・特許権者が上告しました。


本判決について

・最高裁は、特許権者の上告を棄却しました。

・以下、判旨です。

「技術内容は、その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならないから、

その技術内容がこの程度に構成されていないものは、発明としては未完成のものであって、特許法2条1項にいう「発明」とはいえない(最高裁昭和39年(行ツ)第92号同44年1月28日第三小法廷判決・民集23巻1号54頁参照)。
(規範)
したがって、同条にいう「自然法則を利用した」発明であるためには、当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること、すなわち、反復可能性のあることが必要である。そして、この反復可能性は、「植物の新品種を育種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては、その特性にかんがみ、科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り、その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。
(論証)
けだし、右発明においては、(いったん)新品種が育種されれば、その後は従来用いられている増殖方法により再生産することができるのであって、確率が低くても新品種の育種が可能であれば、当該発明の目的とする技術効果を挙げることができるからである。
(あてはめ)
これを本件についてみると、前記のとおり、本件発明の育種過程は、これを反復実施して科学的に本件黄桃と同じ形質を有する桃を再現することが可能であるから、たといその確率が高いものとはいえないとしても、本件発明には反復可能性があるというべきである。
なお、発明の反復可能性は、特許出願当時にあれば足りるから、その後親品種である晩黄桃が所在不明になったことは、右判断を左右するものではない。
(結論)
これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 

解説

本件は、植物の育種増殖方法が、完成された「発明」かどうかが争われ、
「反復可能性」の解釈について言及された事件です。

本件の育種増殖方法は、二つのプロセスからなります。
まず、「育種方法」。二つの品種を交配し、新品種を生み出すプロセスのことです。
つぎに、「増殖方法」です。新品種を新品種から増やすプロセスのことです。

★育種方法

品種1 + 品種2 → 新品種

☆増殖方法

新品種 → 新品種、新品種、新品種

本件では、この植物の育種増殖方法が、完成された「発明」かどうかが争われていました。
裁判で「反復可能性」が問題になったのは、「★育種方法」の確率が低かったためです。

最高裁は、本判決において、いったん新品種を発明の実施により得られることができるのであれば、その後、「☆増殖方法」により本願発明の効果(新品種の生産)が得られるのだから、「★育種方法」の確率は低くても構わないと述べています。

この判決文を読んで注意しなければいけないのは、判旨で、「そして、この反復可能性は、「植物の新品種を育種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては、その特性にかんがみ、科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り、その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。」と言っていることです(赤字の部分に注意)。

つまり、植物の育種増殖方法の「★育種方法」の確率は低くていい、といっているにすぎないのです。

「植物の育種増殖方法」以外の技術については、言及していないのです。

ですので、この事件を他の技術分野にまで一般化するのは禁物です。

たとえば、機械の分野の発明でも確率が低くてもいい、と考えるのは安易です。

感想等

もし、この事件で、「育種増殖方法(=★育種方法+☆増殖方法)」としてではなく、「★育種方法」として出願されていた場合、どのように判断されていたのでしょうか?

また、一般的に、植物の「育種増殖方法」の発明のうち「☆増殖方法」の確率が低い場合、どのように反復可能性が判断されるべきでしょうか?

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法律

発明の未完成と拒絶理由(昭和49年(行ツ)第107号、最高裁昭和52年10月13日第1小法廷判決)

最高裁昭和52年10月13日第1小法廷判決

争点
 「発明未完成」を拒絶理由とする通知は、特許法上、認められるか?

事実関係
・Xは、米国にした出願に基づいて、優先権を主張して「薬物製品」を出願
・特許庁は、拒絶審決をした(理由:不明)
・出願人は、出訴した。
・東京高裁は、出願人の訴えを認め、拒絶審決を取り消すべき旨の判決をした。
(東京高裁は、審決は特許法に定めのない拒絶理由で出願を拒絶しており、違法であると述べた。)
・特許庁長官が上告した。

本判決について

・最高裁は、原判決を破棄し、東京高裁に事件を差し戻しました。

・以下、判旨です。

「特許法(以下「法」という。)2条1項は、「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定め、「発明」は技術的思想、すなわち技術に関する思想でなければならないとしているが、特許制度の趣旨に照らして考えれば、その技術内容は、当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当であり、技術内容が右の程度にまで構成されていないものは、発明として未完成のものであつて、法2条1項にいう「発明」とはいえないものといわなければならない(当裁判所昭和39年(行ツ)第92号同44年1月28日第三小法廷判決・民集23巻1号54頁参照)。

ところで、法49条一号は、特許出願にかかる発明(以下「出願の発明」という。)が法29条の規定により特許をすることができないものであることを特許出願の拒絶理由とし、法29条は、その1項柱書において、出願の発明が「産業上利用することができる発明」であることを特許要件の一つとしているが、そこにいう「発明」は法2条1項にいう「発明」の意義に理解すべきものであるから、出願の発明が発明として未完成のものである場合、法29条1項柱書にいう「発明」にあたらないことを理由として特許出願について拒絶をすることは、もとより、法の当然に予定し、また、要請するところというべきである。

原判決が、発明の未完成を理由として特許出願について拒絶をすることは許されないとして、本件審決を取り消したのは、前記各法条の解釈適用を誤つたものであるといわなければならない。論旨は理由があり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その他の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そうして、本件は、本願発明が本件審決のいうとおり発明として未完成のものであるかどうかを審理判断させるため、原審に差し戻す必要がある。」

解説

この判例の評釈(旧特許判例百選p14~15)によれば、篠原勝美氏が次のような見解を述べています。

1.未完成発明は、審判や訴訟で問題になる。審査実務の現状は、本判決の先例としての価値を失わせるものではない。

2.本判決は、「原子力エネルギー発生方法装置事件」を引用し、出願にかかる発明の内容が、「実施可能性」「反復可能性」「具体性」「客観性」を欠く場合には発明は未完成であるとし、現行法のもとでも、発明未完成の拒絶理由が認められることを確認した。

3.本判決の判旨は、ウォーキングビーム事件に引用され、黄桃育種の事件でも同様の判示があるように、判例法として確立している。

4.黄桃育種の事件によれば、「反復性」は100%でなくともよい

5.発明未完成が問題となる場面には、つぎの場面がありえる。


 ‐ 進歩性の引用発明
‐ 29条の2や39条の先願発明
‐ 先使用による通常実施権の成立要件(正当な知得経路で、「発明」を完成させることが要件だからです)
‐ 優先権の主張要件(先の出願に記載された発明が、優先権のもとになるからです)
‐ 分割出願の出願日の遡及効(分割出願に発明が記載されていないときは、出願日の遡及がないからです)
‐ 職務発明の成立時期(発明完成と同時に使用者が通常実施権を有するからです)

補足

平成5年の審査基準で、発明完成、未完成に関する記載はすべて削除されました。
現状では、明細書の記載の「実施可能要件」で対処されるようです。すなわち、現在、tっ特許庁は、29条1項柱書の拒絶理由については、法上の「発明」に該当しない内容の出願に対して発せられる運用となっています。