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先願発明との同一性 (平成3年(行ツ)第98号、最高裁平成5年3月30日第3小法廷判決)

最高裁平成5年3月30日第3小法廷判決

事実関係

・先願特許権者のYが、後願特許権者Xの特許に、39条1項の無効理由があるとして、審判請求をした。

・先願特許と、後願特許は、ともに「通電加工装置」という発明に関するもの。

・特許された後願の請求の範囲には、「短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得る」という文言があった。(これを、「逆方向軌跡の構成」と呼ぶ)

・じつは、先願にも、「逆方向軌跡の構成」にあたる文言が、特許の前にはあったのだが、審査官が、この文言は動作を述べたもので、動作は発明の構成に書くことのできない事項に該当しない、と述べた拒絶理由を受けて、その「逆方向軌跡の構成」にあたる文言を補正で削除していたという経緯があった。

・ 特許庁は、無効審判の請求を認容した。
(先願の特許請求の範囲には、「逆方向軌跡の構成」が記載されていないものの、発明の構成に必須であるとして、先願発明の要旨を、「逆方向軌跡の構成」を含めて認定し、両発明は同一とした。)

・後願特許権者Yが出訴

・東京高裁は、無効審決を取り消すべきとして、Yの請求を認容した。

( 東京高裁は、まず、明細書の「発明の詳細な説明」から、発明の必須の構成とされる事項であっても、特許請求の範囲に全く記載されていない事項を記載があるものとすることはできない、と一般論を述べた。
そして、本件では、特許請求に「逆方向軌跡の構成」を有する旨の直接の記載もなく、また、明細書の「発明の詳細な説明」の記載を参酌しても、特許請求の範囲の記載が実質的に「逆方向軌跡の構成」を表すものと解することのできる記載はないので、特許請求の範囲に「逆方向軌跡の構成」を加えて認定することはできない、とした。

本判決

・破棄差し戻し

・判旨 (後半で最高裁は場合分けをして検討していますので、注意して読んでください)

「原審の確定した事実関係は次のとおりである。

1 本件(後願)発明の特許請求の範囲の記載は、

「加工材と加工電極との間の加工電圧と基準電圧との差電圧に応動し加工材または加工電極を相対的に駆動するサーボ装置と、予定された加工形状を前記加工電極が追跡するようにデジタル量として指令信号が記憶されている記憶媒体と、前記指令信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各指令信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記記憶媒体を移動しかつ前記加工材と加工電極との短絡に際しては前記記憶媒体を逆方向に移動させる制御装置とを有し、短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得ることを特徴とする数値制御通電加工装置。」

というものである。

2 特許庁は、昭和60年9月24日、本件発明は、その先願に当たる昭和43年特許願第41029号の発明(以下「先願発明」という)と同一の発明と認められるとして、被上告人の本件特許を無効とする旨の本件審決をした。

3 先願発明の特許請求の範囲の記載は、

「電極と加工物間の電圧と設定電圧との差電圧に応動し、電極又は加工物を相対的に駆動するサーボ装置、予定された加工形状を前記電極が追跡するようにデジタル量として情報信号が記録されているテープと、前記情報信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各情報信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記テープを移動しかつ前記加工物と電極との短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置とを有するデジタル制御による通電加工装置。」

というものである。 」

「原審は、被上告人主張の主位的な審決取消事由を理由があるものと認め、先願発明には、本件(後願)発明における

「短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得る」

との構成(以下「逆方向軌跡の構成」という)は、

先願発明についての明細書の発明の詳細な説明の欄から読み取ることができるものの、特許請求の範囲にはその記載がないことを理由に、

この記載の構成を先願発明の構成に加えて先願発明の要旨を認定し先願発明を本件発明と同一のものとした本件審決は違法であるとして、これを取り消した。

三 しかしながら、原審の右の判断は是認することができない。

その理由は、次のとおりである。

原審の確定したところによると、先願発明の前記特許請求の範囲の記載は、数次の補正を経ているものであり、逆方向軌跡の構成に当たる文言は前記の特許請求の範囲の記載に補正される前には存在していたところ、

先願発明に係る特許出願における審判手続で、右の「文言は所望の動作を述べたものとしか認められない。動作は発明の構成に欠くことができない事項に該当しない。」との拒絶理由通知が示されたことから、先願発明の特許出願人は逆方向軌跡の構成に当たる文言を削除する補正をしたというのである。

これによると、逆方向軌跡の構成は単に他の構成から生ずる作用を示したにすぎず、

したがってまた、本件(後願)発明の逆方向軌跡の構成も、発明の構成に欠くことのできない事項には当たらないと認める余地があるというべきである。

しかるに、原審はこの点について何ら説示を加えないまま、逆方向軌跡の構成の文言の有無のみをもって、本件発明と先願発明の同一性の有無を判断したものであり、

原判決にはこの点において理由不備の違法があるといわなければならない。

また、先願発明の特許請求の範囲の記載にある「短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置」との構成は、逆方向軌跡の構成を包含するものであることが明らかであるところ、

逆方向軌跡の構成が、発明の構成に欠くことのできない事項に当たるとすれば
被上告人の本件(後願)発明は逆
方向軌跡の構成のみを採択したものであるといわなければならない。

この点に加え、その余の構成すべてにおいて本件発明は先願発明と同一のものであるとするならば
本件(後願)発明は、先願発明の構成に更に限定を加えたものにほかならないことになる。

そして、被上告人は、逆方向軌跡の構成以外の構成においては、本件(後願)発明は先願発明とすべて同一のものに帰するとした本件審決の認定を争っておらず、

また、本件発明の構成が先願発明の構成に包含されるとしても、なお本件発明と先願発明との同一性を否定することができるような特段の事情についての主張はないから、

本件発明は先願発明に包含されるものであり、先願発明と同一の発明であるというべきである。

他方、右にみたところからすると、逆方向軌跡の構成が、前記のように他の構成から生ずる作用を示したにすぎないものであるとすれば、本件発明が先願発明と同一の発明であることはいうまでもない。

そして、更に進んで本件をみるのに、

本件発明と先願発明の対象となっている通電加工装置のうち、特に線状電極を用いて任意の連続形状を加工する態様のものにおいては、先願発明の「短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置」との構成を採択すれば、加工電極は追跡軌跡を逆方向にたどる以外の作用を呈することはないのであって、先願発明においても、逆方向軌跡の構成が包含されていることは明らかである。

そのような通電加工装置においては、本件発明と先願発明は同一の構成に係るものであることは疑問の余地がなく、結局、本件発明は先願発明に包含されるもので、先願発明と同一の発明といわざるを得ない。

原判決には、特許法39条1項の解釈適用を誤った違法があり、この違法が原判決の結論に影響することは明らかである。

この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

本件発明が先願発明と同一のものであるとした本件審決の認定に違法があるとする被上告人の主位的な審決取消事由は失当である。

ところで、被上告人は、先願発明について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした明細書の補正はその要旨を変更するものであり、その特許出願日は本件発明の特許出願日よりも後の日に繰り下がるものとされ、先願発明は本件発明の先願とはいえないことになるから、先願発明が本件発明の先願に当たるものであることを理由に本件発明は特許を受けることができなかったとした本件審決は違法であるとの予備的な審決取消事由を主張している。

この事由については、本件審決で明示の判断が示されていないところであるが、本件審決は、先願発明は本件発明の特許出願日より前の日に特許出願されたものに係るものであると認定しているのであるから、その前提として、先願発明には要旨変更を伴う明細書の補正はなかった旨の黙示的な判断を加えていることが明らかであり、本訴においては、進んで、予備的な審決取消事由について審理判断をする必要がある。

そこで、予備的な審決取消事由の存否について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

解説 ~この判決の意味~

もういちどおさらいすると、

特許庁は、特許請求の範囲に記載のない事項を加えて発明の要旨を認定し、実質同一としたのですが、

逆に、高裁は、特許請求の範囲の記載に「逆方向軌跡の構成」の文言がないことを根拠に、審決を取り消しました。すなわち、高裁は特許請求の範囲の文言にこだわったのです。

しかし、最高裁は、先願と後願の特許請求の範囲に記載された事項の技術的意義を、発明の詳細な説明の記載に照らして解明し、判旨のとおり、高裁とは異なる結論を導きました。

すなわち最高裁は、先願と後願の発明の内容をしっかりと見ました。そして、先願の請求の範囲には「逆方向軌跡の構成」の文言はないけれども、残りの文言から把握できる発明が、「逆方向軌跡の構成」を有していると言いったのです。 (※ 高裁が文言だけで先願の特許発明の内容を判断したのとは異なります)

さらに、傍論で、

後願の特許請求の範囲の発明は、
「逆方向軌跡の構成」が発明の特定に不可欠な事項であったとすれば、単に先願の特許発明を限定しただけだ、といいました。一方、単に、構成から自然に導かれる作用を書いたのだとすれば、やはり技術的思想としてみれば同一だ、といいました。

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オリンパス事件(平成13年(受)第1256号、最高裁昭和15年4月22日第2小法廷判決)

事件名
 オリンパス事件

論点
使用者から対価をすでに受け取った発明者が、その受け取った対価と相当の対価との差額を、使用者に請求できるか?

事実関係

・使用者Xのもとで、「ピックアプ装置」を発明した発明者Yがいた。
・Yは、特許を受ける権利を勤務規則によりYから承継した。
・Yは、出願補償として3000円、登録補償として8000円、Xが他者にライセンスできた報償として20万ををもらった。
・Yは、額が足りないとして、使用者Xを訴えた。

本判決の結論(一部略)

「特許法35条によれば,使用者等は,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく,使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)において,特許を受ける権利等が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり,また,その承継について対価を支払う旨及び対価の額,支払時期等を定めることも妨げられることがないということができる。

しかし,いまだ職務発明がされておらず,承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に,「あらかじめ対価の額を確定的に定めること」ができないことは明らかである。

よって,35条の趣旨及び規定内容に照らしても,「これ」が許容されていると解することはできない。

換言すると,勤務規則等に定められた対価は,これが同条3項,4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別,それが直ちに「相当の対価」の全部に当たるとみることはできないのであり,その対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項,4項所定の相当の対価に当たると解することができる。

したがって,【要旨1】勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である。

本件においては,・・・である。そうすると,特許法35条3項,4項所定の相当の対価の額が上告人規定による報償金の額を上回るときは,上告人はこの点を主張して,不足額を請求することができるというべきである。

原審の上記第1の3(1)の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認することができる。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用することができない。 」

(消滅時効について)
「1 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。

対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが,しかし、対価の支払時期については明文の規定はない。

したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。

そうすると,【要旨2】勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。 本件においては,・・・規定に従って報償の行われるべき時が本件における相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となるから,被上告人が本件訴訟を提起した同7年3月3日までに,被上告人の権利につき消滅時効期間が経過していないことは明らかである。

所論の点に関する原審の上記第1の3(2)の判断は,結論において正当であり,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。 」

解説~この判決の意味~

相当の対価の算定は、事前であっても、事後であっても、正確に行うことは困難です。
本判決は、発明者がいったん対価を受け取ったとしても、のちのち、相当の対価との差額を請求できることを明らかにしました。

この法律判断は、発明者にとっては都合がよいのですが、会社にとってはどうでしょうか。
いい発明が出てきても、将来に発明者に訴訟を起こされて、大金をむしり取られる不安を抱えたまま、経営を続けなければいけない、、、、訴えられるかわからない発明者のために、ある程度の資本を内部に蓄えておかなければいけなくなります。経営上、予測性がない不安要素となってしまいました。
この判決に、当当時、多くの会社の経営者が不満をもったことは記憶に新しいことです。

補足

対価の算定について、そこまで厳格な計算を要求することは、面倒です。
なので、相当の対価は、幅のある概念でとらえておき、著しく不当でなければ、違法ではないとする考え方をとったほうが、便利でしょう。

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職務該当性(昭和43年12月13日、最高裁昭和43年12月13日第2小法廷判決

事件名

石炭窒素の製造炉事件

争点

使用者等が、従業者等に対してある発明を完成すべき旨の具体的な指示や命令をしていなかった場合、「その発明をするに至った行為」は、従業者等の「職務」にあたるか?

背景

旧法の事件です。

事実関係

・Aは、技術部門担当の最高責任者。
・Aは、使用者から具体的な指示がないまま、使用者Yの人材、設備、資金を利用して考案をした。
・Aは出願して登録を受けた。
・Aが死んだ後、権利を相続したXは、考案を実施する使用者Yに、損害賠償請求をした。

・亡くなったAさんがした考案について、使用者は(現行法でいう35条1項の)通常実施権を有することを主張した。

・一審と二審は、いずれも、使用者Yが通常実施権を有するとして、Xの請求を認めなかった。

本判決の結論

・棄却

・判旨(一部省略)

「原判決(その引用する第一審判決を含む。)の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の先代であるAは、同人が石灰窒素の製造炉に関する本件考案を完成するに至つた昭和26年3月当時、

石灰窒素等の製造販売を業とする被上告会社(Y)の技術部門担当の最高責任者としての地位にあつたものであり、かつ、その地位にもとづき、被上告会社における石灰窒素の生産の向上を図るため、その前提条件である石灰窒素の製造炉の改良考案を試み、その効率を高めるように努力すべき具体的任務を有していたものであるから、

Aが本件考案を完成するに至つた行為は、Aの被上告会社(Y)の役員としての任務に属するものであつたというべきであり、

したがつて、被上告会社(Y)は、本件実用新案につき、旧実用新案法(大正10年法97号)26条、旧特許法(大正10年法96号)14条2項にもとづく実施権を有する、とした原審の解釈判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、独自の見解を主張するものにすぎず、採用する
ことができない。」

解説~本判決の意味~ (百選66~67頁より)

本判決は、使用者Y(会社Y)の方針や、Aの会社Yにおける地位に基づいて判断しています。
なので、本判決は、具体的な指示や命令がある場合に「職務」にあたるかという法律的な問題には答えは出していません、実質的にはこれを否定したものといえるでしょう。

本判決の後も、裁判例は「職務」に該当する場合を、具体的な指示や命令がある場合に限定していないようです。

補足

百選で執筆教授は、「職務」に該当するか否かにおいて、使用者の資源を利用したかどうかは無関係に判断されるべきである、という見解を述べています。
なぜなら、使用者は、発明完成に、資源が利用されなかったから職務発明が成立しないとすると、発明のための投資意欲を失いかねないからだそうです。

ほかにも、勤務時間外の場合はどうか、自己の費用でされた場合はどうか、試験研究を職務としない者についてはどうか、など、「職務」該当性の判断は、事案ごとに考慮要素が大きくちがうので、どうしても一様な解釈ではうまくいかないでしょう。

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生ゴミ処理装置事件(平成9年(オ)第1918号、最高裁平成13年6月12日第3小法廷判決)

事件名
 生ゴミ処理装置事件

争点
 特許を受ける権利を有していた「真の権利者X」が、特許登録の後に、「冒認者Y」を相手取って、登録名義を冒認者から自己へ移転することを請求することができるか?

事実関係
・XとZが、共同発明をして、出願。
・「冒認者Y」が、偽造した譲渡証書により、Xの特許を受ける権利の持ち分を譲り受けた旨の、出願人名義変更届けを特許庁長官に提出。
・ Xは、特許を受ける権利(共有持分)を有することの確認訴訟を提起
・YとZを特許権者とする設定登録
・Xは、上記の確認の訴えを、Zの特許権の持ち分につき移転登録手続きを求める訴えに、変更した。

・一審は、Xの請求を認容した。
・Yが控訴した。
・二審は、Yの請求を認容した。

二審の理由は、つぎのとおり。
①特許権は、行政処分である設定登録により発生するので、無効にされるまでは有効なものとして取り扱うべき②特許を無効にするためには無効審判によるべきで、無効理由の存否については行政機関の判断に委ねるべき
③よって真の権利者から冒認出願による特許権者に対する特許権返還請求について司法判断することは、特許訴訟手続きの趣旨に反する
したがって、「特許の返還を求める請求権」はない

・Xは上告した。

本判決の結論

・認容
・判旨

「上記2の事実関係によれば,本件発明につき特許を受けるべき真の権利者は上告人及び上告補助参加人であり,被上告人は特許を受ける権利を有しない無権利者であって,

① 上告人は,被上告人の行為によって,財産的利益である特許を受ける権利の持分を失ったのに対し,被上告人は,法律上の原因なしに,本件特許権の持分を得ているということができる。

② また,上記2の事実関係の下においては,本件特許権は,上告人がした本件特許出願について特許法所定の手続を経て設定の登録がされたものであって,上告人の有していた特許を受ける権利と連続性を有し,それが変形したものであると評価することができる。

③ 他方,上告人は,本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるものの,特許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとしても,本件特許出願につき既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶され,本件発明について上告人が特許権者となることはできない結果になるのであって,それが不当であることは明らかである

④ (しかも,本件特許権につき特許無効の審決がされることによって,真の権利者であることにつき争いのない上告補助参加人までもが権利を失うことになるとすると,本件において特許無効の審判手続を経るべきものとするのは,一層適当でないと考えられる。)。

⑤ また,上告人は,特許を受ける権利を侵害されたことを理由として不法行為による損害賠償を請求する余地があるとはいえ,これによって本件発明につき特許権の設定の登録を受けていれば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい難い。

⑥その上,上告人は,被上告人に対し本件訴訟を提起して,本件発明につき特許を受ける権利の持分を有することの確認を求めていたのであるから,この訴訟の係属中に特許権の設定の登録がされたことをもって,この確認請求を不適法とし,さらに,本件特許権の移転登録手続請求への訴えの変更も認めないとすることは,上告人の保護に欠けるのみならず,訴訟経済にも反するというべきである。

これら(上記③~⑥)の不都合を是正するためには,特許無効の審判手続を経るべきものとして本件特許出願から生じた本件特許権自体を消滅させるのではなく,被上告人の有する本件特許権の共有者としての地位を上告人に承継させて,上告人を本件特許権の共有者であるとして取り扱えば足りるのであって,そのための方法としては,被上告人から上告人へ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが,最も簡明かつ直接的であるということができる。

もっとも,特許法は,特許権が特許庁における設定の登録によって発生するものとし,また,特許出願人が発明者又は特許を受ける権利の承継者でないことが特許出願について拒絶をすべき理由及び特許を無効とすべき理由になると規定した上で,これを特許庁の審査官又は審判官が第1次的に判断するものとしている。
しかし,本件においては,本件発明が新規性,進歩性等の要件を備えていることは当事者間で争われておらず,専ら権利の帰属が争点となっているところ,特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有していなくても判断し得る事項であるから,本件のような事案において行政庁の第1次的判断権の尊重を理由に前記と異なる判断をすることは,かえって適当とはいえない。

また,本件特許権の成立及び維持に関しては,特許料を負担するなど,被上告人の寄与による部分もあると思われるが,これに関しては上告人が被上告人に対して被上告人のした負担に相当する金銭を償還すべきものとすれば足りるのであって,この点が上告人の被上告人に対する本件請求の妨げになるものではない。

解説

この事件には、まず、行政法一般の構造に関する論点があります。

特許登録は行政処分ですので、それが違法であっても、取消判決などが確定するなどしない限り、裁判所も含めて、何人たりとも、行政処分に効力がないものとして取り扱うことはできません。
また、その効力を否定するためには、行政庁に対する不服申し立て手続きで最終的に決められなければいけません。
したがって、行政法の構造によれば、自己が発明者ないし正当な権利者であるとして特許権の移転登録を求めることはできないのです。

つぎに、特許法固有の論点があります。

まず、特許権者になるには出願をする必要がありますので、発明者が当然に特許権者になれるという前提が特許法において成立するかどうかが問題となります。

また、特許権が付与された発明が、発明者のした発明とは、微妙にちがうものであった場合、無制限に真の権利者の移転請求を認めると、複雑な権利関係を残す可能性があります。

そのような論点がありながら、本判決は、利益考量によって、移転登録請求を認めるべきとの価値判断をしました。
一般には、最高裁は、不当利得返還請求という法律構成により結論を出したと言われています。


補足

ブラジャー事件(東京地裁H14.7.17)との違いがよく取り上げられます。

生ごみ事件と、ブラジャー事件とでは、つぎのように違いがありました。

生ゴミ事件
・発明者は、もともと出願人の一人
・発明者がだれかについて争いなし

ブラジャー事件
・発明者は、出願していない
・発明者が誰なのかが争われていた

ブラジャー事件では、裁判所は、移転請求を認めると、自ら出願をしていない者に特許権を付与することを認めることとなってしまうため、特許法の制度の枠を超えてしまい、特許法の登録制度に照らし許されないと述べて、移転請求を認めませんでした。

補足2
平成24年法改正により、74条(特許権の移転の特例)が規定されました。
新設された74条により、生ゴミ処理装置事件の場合については、123条1項第2号(第38条)違反の場合として特許権の移転請求できることになりました。
さらに、ブラジャー事件の場合についても、 123条1項第6号違反の場合として、特許権の移転請求できることになりました。

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酸化ベリリウム事件(昭和51年(行ツ)第9号、最高裁昭和51年4月30日第2小法廷判決)

事件名

酸化ベリリウム事件(最高裁昭和51年4月30日第2小法廷判決)

論点

出願後に頒布された刊行物によって、出願時の技術水準を認定することは、実案3条2項に反するか?

事実関係

・特許庁の審判官は、拒絶審決をしました。

(審決は、第一引用例と第二引用例から、本願発明が容易に推考可能である、と述べました。)
・出願人が、出訴しました。
・東京高裁は、出願人の訴えを棄却しました。
(東京高裁は、出願時の技術水準を判断する資料として、特許庁内における不服審判手続きに現れていなかった、出願後に頒布された刊行物を新たな資料として採用し、その新たな証拠によって、出願時の技術水準を認定し、実案3条2項の容易推考性を判断しました。)
・出願人は、上告しました。

本判決について

・最高裁は、出願人の上告を棄却しました。

・以下、判旨です。

「実用新案登録出願にかかる考案の進歩性の有無を判断するにあたり、出願当時の技術水準を出願後に頒布された刊行物によって認定し、これにより進歩性の有無を判断しても、そのこと自体は、実用新案法3条2項の規定に違反するものではない。」

解説

本件は、(メリヤス事件の射程の中で)出願時点の考案の進歩性を判断するときに、出願当時の技術水準を、出願後に頒布された刊行物によって認定できる、としたものです。

つまり、本事件で最高裁は、出願時に発行されていた「刊行物」に、出願時に存在していた「情報」が記載されていなかったとしても、その「情報」が出願後に発行された刊行物に記載されていた場合には、その刊行物に記載された情報を、出願時の進歩性の判断材料にしてもよい、と言ったのです。

なお、「出願後に頒布された刊行物」の例としては、出願後に公開された先願の特許公報が挙げられます。

補足(進歩性の判断と技術水準について)

発明の進歩性を判断に、技術水準が考慮されるとは、どういうことをいうのか、解説します。

審査の流れ

通常、出願された発明は、審査請求された後、審査官によって、新規性や進歩性などの要件が審査されることになります。

このとき、審査官は、出願時より前に発行された文献の中から、出願された発明(請求項に記載された発明)の構成要件を満たす発明が記載された文献を探します。

このとき、

・出願された発明の構成要件を満たす発明が記載された文献を見つけた場合、審査官は、「新規性なし」の拒絶理由を出願人に通知します。

・出願された発明の構成要件を満たす発明が記載された文献を見つけることができなかったときは、審査官は、なるべく、出願された発明に近い発明が記載された文献を探し、その発明と、出願された発明との差異をチェックします。

つぎに、審査官は、その発明と、出願された発明との差異に、進歩性がないことの論理付けができるかどうか検討します。

そして、進歩性がないことの論理付けができる場合、出願人に「進歩性なし」の拒絶理由を通知します。

進歩性の判断と、技術水準の考慮

進歩性がないことの論理付けは、実務上、出願された発明に近い発明が記載された文献と、出願された発明との「差異」を生み出すことが、当業者にとって、出願時に容易であったかどうかにより判断されます(容易であると判断されれば「進歩性なし」となります)。

技術水準は、「差異」を生み出すことの容易性の判断に考慮されます。

たとえば、2012年現在、タッチパネル式のカーナビ装置はないが、タッチパネル自体は入力装置として広く知られている技術(周知技術)だと仮定します。

ここで、タッチパネル式のカーナビ装置が出願されたとします。

そして、審査官は、タッチパネル式ではないカーナビ装置が記載された「文献A」を発見したとします。

このとき、審査官は、「当業者は、文献Aに、周知技術を組み合わせて、出願にかかる発明を完成させることは簡単だ」という見解を記載した拒絶理由を通知してきます。

補足2

関連した問題点として、特許判例百選(42~43)に次の見解が挙げられています。

1-1
審決取り消し訴訟で、容易推考事実としての公知刊行物「甲」、および出願当時の技術水準を証する証拠「丙」としての、新たな公知刊行物「乙」を証拠として追加する場合であって、

‐ 実質的に主要事実(甲や丙と置き換えるようなとき)である場合
→最大判(メリヤス)や、167条の逸脱行為であり許されない

‐ 甲や丙の補強証拠である場合
→許される

1-2

審決取り消し訴訟で、容易推考事実としての公知刊行物「甲」、および出願当時の技術水準を証する証拠「丙」としての、新たな非公知刊行物「乙」を証拠として追加する場合であって、

‐ 出願当時の技術水準を補強するものである場合
→許される(本判決の事案)

‐ 出願当時の技術水準を認定する唯一の証拠である場合
→この場合は、最大判(メリヤス)や、167条の逸脱行為であり許されないと思う

2-1

技術水準を主張立証するための補助証拠である場合
→問題はない

2-2

出願時の技術水準を引き上げるための証拠となる場合
→技術水準という主要事実を直接立証する証拠の一部となるので、この場合は最大判との関係で問題がある。

※ このあたりは、訴訟の立証方法に関する細かい部分であり、面白いところなのですが、弁理士試験ではまず出ないでしょう。

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刊行物への発表(昭和61年(行ツ)第160号、最高裁昭和61年7月17日第1小法廷判決)

最高裁昭和61年7月17日第1小法廷判決

争点

発行された特許公報に記載された発明は、特許法30条1項(平成24年法改正後は30条2項に対応)の新規性の喪失の例外の適用を受けられるか?

事実関係

・「第三級環式アミンの製法」を、日本、西ドイツ、オランダに出願していた出願人がいた
・それらの出願は出願公開された
・その後、日本は、法改正により昭和51年1月1日以降の出により物質特許が取得できるようになった
・出願人は、その昭和51年1月1日に、新規性喪失の例外(刊行物への発表をしたとして)の適用を受けるつもりで、「第三級環式アミン」の特許出願をした。
・特許庁は、拒絶審決(理由: 30条1項にいう「発表」ではない)
・東京高裁は、棄却(理由:30条1項の「刊行物」に、公開特許公報が含まれない)
・出願人は、30条1項の「刊行物」にも、29条と同様に公開特許公報が含まれると解釈するべきとして、上告。

本判決の結論

・棄却
・判旨

「特許を受ける権利を有する者が、特定の発明について特許出願した結果、その発明が公開特許公報に掲載されることは、特許法三〇条一項にいう「刊行物に発表」することには該当しないものと解するのが相当である。

けだし、同法二九条一項のいわゆる新規性喪失に関する規定の例外規定である同法三〇条一項にいう「刊行物に発表」するとは、特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合を指称するものというべきところ、

公開特許公報は、特許を受ける権利を有する者が特許出願をしたことにより、特許庁長官が手続の一環として同法六五条の二の規定に基づき出願にかかる発明を掲載して刊行するものであるから、
これによって特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないからである。

そして、この理は、外国における公開特許公報であっても異なるところはない。

したがって、原判決は結論において是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。」

解説

上記のように、東京高裁は、30条1項の「刊行物」に、特許公報が含まれないとの理由で、30条1項の適用なしと判断しました。

しかし、最高裁は、特許公報が30条1項の「刊行物」にあたらないとは解釈せずに、「刊行物に発表」の解釈を述べ、30条1項の適用なしと結論づけました。

最高裁が、東京高裁の理論を採用しなかったのは、特許公報が「刊行物」にあたらないというのは、文言上、無理があると考えたからと言われています。

補足

従来の審査実務は、特許公報に掲載された発明に、新奇性喪失の例外の適用を認めていたようです。 しかし、昭和50年から、そのような適用を無くす運用に変更されました。

審査実務の変更後、変更した審査実務を是認する審決が出されるようになり、その審決に対し、審決取消訴訟を提起した案件が何件かあったようです。

本判決は、新しい審査実務の定着を図ったものであるといわれています。

補足2

平成24年の法改正により、上記の判決で問題となった30条1項が削除され、30条2項が創設されました。

改正後の30条2項では、発明、実用新案、意匠または商標に関する公報に掲載されたことにより29条1項各号のいずれかに該当するに至った発明について、新規性の喪失の例外が受けられないこととなっています。

つまり、上記の最高裁の結論が、明文化されました。

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黄桃の育種増殖方法事件(平成10(行ツ)19 号、最高裁昭和52年10月13日第1小法廷判決)

事件名
 黄桃の育種増殖方法事件

争点
交配や選抜による植物新品種の伝統的な育種方法において、発明完成のための「反復可能性」は、どの程度あればよいのか?

事実関係

・特許されていた黄桃の育種増殖方法について、無効審判が請求されました。(請求の理由:詳細は不明)
・特許庁は、無効審判の請求不成立審決をしました。(理由:不明)
・特許権者が出訴しました。
・東京高裁は、審決取消訴訟を棄却しました。(理由:不明)
・特許権者が上告しました。


本判決について

・最高裁は、特許権者の上告を棄却しました。

・以下、判旨です。

「技術内容は、その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならないから、

その技術内容がこの程度に構成されていないものは、発明としては未完成のものであって、特許法2条1項にいう「発明」とはいえない(最高裁昭和39年(行ツ)第92号同44年1月28日第三小法廷判決・民集23巻1号54頁参照)。
(規範)
したがって、同条にいう「自然法則を利用した」発明であるためには、当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること、すなわち、反復可能性のあることが必要である。そして、この反復可能性は、「植物の新品種を育種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては、その特性にかんがみ、科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り、その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。
(論証)
けだし、右発明においては、(いったん)新品種が育種されれば、その後は従来用いられている増殖方法により再生産することができるのであって、確率が低くても新品種の育種が可能であれば、当該発明の目的とする技術効果を挙げることができるからである。
(あてはめ)
これを本件についてみると、前記のとおり、本件発明の育種過程は、これを反復実施して科学的に本件黄桃と同じ形質を有する桃を再現することが可能であるから、たといその確率が高いものとはいえないとしても、本件発明には反復可能性があるというべきである。
なお、発明の反復可能性は、特許出願当時にあれば足りるから、その後親品種である晩黄桃が所在不明になったことは、右判断を左右するものではない。
(結論)
これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 

解説

本件は、植物の育種増殖方法が、完成された「発明」かどうかが争われ、
「反復可能性」の解釈について言及された事件です。

本件の育種増殖方法は、二つのプロセスからなります。
まず、「育種方法」。二つの品種を交配し、新品種を生み出すプロセスのことです。
つぎに、「増殖方法」です。新品種を新品種から増やすプロセスのことです。

★育種方法

品種1 + 品種2 → 新品種

☆増殖方法

新品種 → 新品種、新品種、新品種

本件では、この植物の育種増殖方法が、完成された「発明」かどうかが争われていました。
裁判で「反復可能性」が問題になったのは、「★育種方法」の確率が低かったためです。

最高裁は、本判決において、いったん新品種を発明の実施により得られることができるのであれば、その後、「☆増殖方法」により本願発明の効果(新品種の生産)が得られるのだから、「★育種方法」の確率は低くても構わないと述べています。

この判決文を読んで注意しなければいけないのは、判旨で、「そして、この反復可能性は、「植物の新品種を育種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては、その特性にかんがみ、科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り、その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。」と言っていることです(赤字の部分に注意)。

つまり、植物の育種増殖方法の「★育種方法」の確率は低くていい、といっているにすぎないのです。

「植物の育種増殖方法」以外の技術については、言及していないのです。

ですので、この事件を他の技術分野にまで一般化するのは禁物です。

たとえば、機械の分野の発明でも確率が低くてもいい、と考えるのは安易です。

感想等

もし、この事件で、「育種増殖方法(=★育種方法+☆増殖方法)」としてではなく、「★育種方法」として出願されていた場合、どのように判断されていたのでしょうか?

また、一般的に、植物の「育種増殖方法」の発明のうち「☆増殖方法」の確率が低い場合、どのように反復可能性が判断されるべきでしょうか?

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発明の未完成と拒絶理由(昭和49年(行ツ)第107号、最高裁昭和52年10月13日第1小法廷判決)

最高裁昭和52年10月13日第1小法廷判決

争点
 「発明未完成」を拒絶理由とする通知は、特許法上、認められるか?

事実関係
・Xは、米国にした出願に基づいて、優先権を主張して「薬物製品」を出願
・特許庁は、拒絶審決をした(理由:不明)
・出願人は、出訴した。
・東京高裁は、出願人の訴えを認め、拒絶審決を取り消すべき旨の判決をした。
(東京高裁は、審決は特許法に定めのない拒絶理由で出願を拒絶しており、違法であると述べた。)
・特許庁長官が上告した。

本判決について

・最高裁は、原判決を破棄し、東京高裁に事件を差し戻しました。

・以下、判旨です。

「特許法(以下「法」という。)2条1項は、「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定め、「発明」は技術的思想、すなわち技術に関する思想でなければならないとしているが、特許制度の趣旨に照らして考えれば、その技術内容は、当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当であり、技術内容が右の程度にまで構成されていないものは、発明として未完成のものであつて、法2条1項にいう「発明」とはいえないものといわなければならない(当裁判所昭和39年(行ツ)第92号同44年1月28日第三小法廷判決・民集23巻1号54頁参照)。

ところで、法49条一号は、特許出願にかかる発明(以下「出願の発明」という。)が法29条の規定により特許をすることができないものであることを特許出願の拒絶理由とし、法29条は、その1項柱書において、出願の発明が「産業上利用することができる発明」であることを特許要件の一つとしているが、そこにいう「発明」は法2条1項にいう「発明」の意義に理解すべきものであるから、出願の発明が発明として未完成のものである場合、法29条1項柱書にいう「発明」にあたらないことを理由として特許出願について拒絶をすることは、もとより、法の当然に予定し、また、要請するところというべきである。

原判決が、発明の未完成を理由として特許出願について拒絶をすることは許されないとして、本件審決を取り消したのは、前記各法条の解釈適用を誤つたものであるといわなければならない。論旨は理由があり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その他の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そうして、本件は、本願発明が本件審決のいうとおり発明として未完成のものであるかどうかを審理判断させるため、原審に差し戻す必要がある。」

解説

この判例の評釈(旧特許判例百選p14~15)によれば、篠原勝美氏が次のような見解を述べています。

1.未完成発明は、審判や訴訟で問題になる。審査実務の現状は、本判決の先例としての価値を失わせるものではない。

2.本判決は、「原子力エネルギー発生方法装置事件」を引用し、出願にかかる発明の内容が、「実施可能性」「反復可能性」「具体性」「客観性」を欠く場合には発明は未完成であるとし、現行法のもとでも、発明未完成の拒絶理由が認められることを確認した。

3.本判決の判旨は、ウォーキングビーム事件に引用され、黄桃育種の事件でも同様の判示があるように、判例法として確立している。

4.黄桃育種の事件によれば、「反復性」は100%でなくともよい

5.発明未完成が問題となる場面には、つぎの場面がありえる。


 ‐ 進歩性の引用発明
‐ 29条の2や39条の先願発明
‐ 先使用による通常実施権の成立要件(正当な知得経路で、「発明」を完成させることが要件だからです)
‐ 優先権の主張要件(先の出願に記載された発明が、優先権のもとになるからです)
‐ 分割出願の出願日の遡及効(分割出願に発明が記載されていないときは、出願日の遡及がないからです)
‐ 職務発明の成立時期(発明完成と同時に使用者が通常実施権を有するからです)

補足

平成5年の審査基準で、発明完成、未完成に関する記載はすべて削除されました。
現状では、明細書の記載の「実施可能要件」で対処されるようです。すなわち、現在、tっ特許庁は、29条1項柱書の拒絶理由については、法上の「発明」に該当しない内容の出願に対して発せられる運用となっています。

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拒絶審決取り消し訴訟と固有必要的共同訴訟(平成6年(行ツ)第83号、最高裁平成7年3月7日第3小法廷判決)

最高裁平成7年3月7日第3小法廷判決

論点

拒絶審決取り消し訴訟は、拒絶査定不服審判の請求人が複数いるときに、単独でできるのか?

事実関係

・甲と乙とが、共同で実用新案登録出願をした。

・審査官は、進歩性違反で拒絶査定をした。

・甲と乙は、共同で拒絶査定不服審判を請求した。

・審判官は、拒絶審決をした(理由:進歩性違反)。

・甲が単独で審決取り消し訴訟を提起した。

・東京高裁は、甲が単独で審決取り消し訴訟を提起することは適法とした。そして、引例の理解が誤りとして審決を取り消すべきと判決した。

・特許庁長官が、上告した。

本判決の結論

・破棄自判

・判旨(現行法に合わせて改変)

「実用新案登録を受ける権利の共有者が、その共有に係る権利を目的とする実用新案登録出願の拒絶査定を受けて共同で審判を請求し、請求が成り立たない旨の審決を受けた場合に、右共有者の提起する審決取消訴訟は、共有者が全員で提起することを要するいわゆる固有必要的共同訴訟と解すべきである(最高裁昭和五二年(行ツ)第二八号同五五年一月一八日第二小法廷判決・裁判集民事一二九号四三頁参照)。

けだし、右訴訟における審決の違法性の有無の判断は共有者全員の有する一個の権利の成否を決めるものであって、右審決を取り消すか否かは共有者全員につき合一に確定する必要があるからである。

実用新案法が、実用新案登録を受ける権利の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するときは共有者の全員が共同で請求しなければならないとしている(同法41条の準用する特許法132条3項)のも、右と同様の趣旨に出たものというべきである。

そうすると、本件訴えを適法とした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響することが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

そして、前記説示に照らせば、被上告人の本件訴えは不適法として却下すべきである。

解説

最高裁は、以前から、拒絶審決の審決取消訴訟は、固有必要的共同訴訟と解してきました。

本判決で、最高裁は、改めて、固有必要的共同訴訟であることを強調しました。

なお、破棄された東京高裁の判決は、保存行為説を採用していました。

これは実案登録を受ける権利(特許を受ける権利)の財産的性質を重視したことによります。

すなわち、自己の財産的利益を防御するための手続的機会を与ようとする考え方です。

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筆記具のクリップ取付装置事件、平成21年2月27日判決言渡(平成19年(ワ)第17762号)

本件は、実用新案権者である原告が実用新案権の侵害を理由として被告に損害賠償を請求したところ、被告が無効の抗弁を主張し、原告がこの無効の抗弁に対して、訂正により無効の抗弁が排斥される旨の主張(対抗主張)をした民事訴訟です。

この対抗主張(以下、「訂正の主張」とする)は、訴訟上の再抗弁に位置づけられると解されているところ、近年、この再抗弁の要件事実について言及する裁判例が蓄積しつつあるので紹介します。

Ⅰ 本判決の事実および争点

1.事実

原告 被告 被告補助参加人
5.11.26 出願
 

 

 

 

10.3.2 登録
 

 

 

 

 

 

18.11.??  12.31

被告製品を譲渡

 

 

19.1.19 訂正審判請求
 

 

 

 

19.3.20 訂正審決(後日、確定)
 

 

 

 

(H19.??.??. 侵害訴訟の提起?)
 

 

 

 

 

 

 

 

19..1 無効審判請求
19.11.15 訂正請求①

(訂正請求②により、後に取下擬制される)

 

 

≪無効審判に係属≫
20.3.4 訂正請求②
 

 

 

 

 

 

H20.10.2 訂正請求②が

認められた上で無効審決

20.??.?? 高裁へ審決取消訴訟を提起
 

 

 

 

≪審決取り消し訴訟に係属≫
21.2.27 侵害訴訟

について棄却判決

 

 

2.争点

(1) 「被告製品が本件考案の構成要件を充足するか」
(2) 「本件登録実用新案が実用新案登録無効審判により無効にされるべきものと認められるか」
(3) 「本件訂正請求が認められることにより,本件考案の無効理由が解消され,本件考案に係る本件実用新案権の行使が許容されるか」

Ⅱ 本判決における裁判所の判断

争点1 被告製品は本件考案の技術的範囲に属し、その譲渡行為は実用新案権を侵害するとした。

争点2 本件考案は,実用新案法3条2項の無効理由を有し、権利行使は制限されるとした。

争点3 本件訂正請求によって,被告及び補助参加人らが主張する無効理由は解消されないとした。

結論  下記の判旨に記載の、訂正の主張の要件事実①および③を検討することなく棄却判決。

Ⅲ 訂正の主張に関する裁判例

1.キルビー事件(最判平12年4月11日平成10年(オ)第364号)
最高裁は判決文中で、「特段の事情」として「訂正審判の請求がされていることなど」を例として挙げた。この「特段の事情」の趣旨は、成文化された無効の抗弁でも引き継がれたものと解されている 。

2.104条の3施行後の裁判例
訂正の主張の要件事実を述べた他の裁判例に、〔多関節搬送装置事件〕(東京地判平成19年2月27日判夕1253号241頁)、[半導体素子搭載用基板事件](東京地判平成19年9月21日平成18(ワ)1223号)、〔現像ブレードの製造方法事件〕(東京地判平成20年11月28日平成18(ワ)1223号)がある。これらの裁判例は、いずれも本判決と同旨の要件事実を述べているが、本判決と同様に、それらを要件とする理由は述べられていない。

3.ナイフの加工装置事件(最判平成20年4月24日平成18年(受)1772号)
この判決により、無効主張を否定し又は覆すために、訂正を理由とする無効主張に対する主張をなしえることが最高裁により確認された 。この事件は本判決文中で引用されている(判旨参照)。

Ⅳ 判旨

争点(3)について
「実用新案権による権利行使を主張する当事者は,相手方において,実用新案法30条,特許法104条の3第1項に基づき,当該実用新案登録が無効審判により無効にされるべきものと認められ,当該実用新案権の行使が妨げられるとの抗弁の主張(以下「無効主張」という。)をしてきた場合,その無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)をすることができると解すべきである(最高裁判所平成18年(受)第1772号同20年4月24日第一小法廷判決参照)。
本件において,被告及び補助参加人らは,本件考案が,・・・無効理由を有しているとして,無効主張をしており・・・その無効主張を認めることができる。また,本件登録実用新案の実用新案登録無効審判事件においては,・・・本件訂正請求を認めつつ,本件訂正考案についての実用新案登録を無効とする旨の審決がされたが,同審決が確定したことを認めるに足りる証拠はない。
このような事情の下で,原告は,本件訂正請求により,上記の無効理由が解消される旨の対抗主張をしているところ,当該主張については,上記の無効主張と両立しつつ,その法律効果の発生を妨げるものとして,同無効主張に対する再抗弁と位置付けるのが相当である。そして,その成立要件については,上記権利行使制限の抗弁の法律効果を障害することによって請求原因による法律効果を復活させ,原告の本件実用新案権の行使を可能にするという法律効果が生じることに照らし,原告において,その法律効果発生を実現するに足りる要件,すなわち,①原告が適法な訂正請求を行っていること,②当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること,③被告製品が当該訂正後の請求項に係る考案の技術的範囲に属することを主張立証すべきであると解する。」

Ⅴ 論点に関する学説

1.訂正の主張の可否

下級審の裁判例は、無効の抗弁に対する訂正の主張を認めている 。これに異論を述べる学説は見当たらない。学説が訂正の主張を認める論拠は、(1)実効性ある紛争解決の実現(2)審級の利益や上級審への負担の考慮(3)再審請求の可能性の増加を防止すること等である 。

2.訂正の主張の訴訟上の位置づけ

訂正の主張を、無効の抗弁に対する再抗弁とする説が通説である 。その論拠は、(1)「訂正後の特許が無効理由を有しない」という事実は「訂正前の特許が無効理由を有する」という抗弁事実と両立すること(2)無効の抗弁の法律効果の否定につながることである 。

3.再抗弁の要件について

以下、便宜的に訂正審判の請求と無効審判における訂正の請求をまとめて「訂正請求等」とする。

要件①:適法な訂正請求等を行っていること

ⅰ)適法性については、当然必要であると解されている。ただし、独立特許要件が問題となる場合の特許要件の充足性についての主張立証責任の分配については検討の余地があるとされる 。

ⅱ)訂正請求等を行っていることが必要か否かは、以下のように学説が分かれる。

「訂正請求等を不用とする説」
この説の論拠は、(1)被疑侵害者が無効審判の請求をすることなく無効の抗弁ができることとのバランス(2)訂正の請求等には時期的制限、共同請求の制限及び専用実施権者等の承諾をとる必要があること (3)単なる名目的な訂正の請求等が行われる可能性があること (4)訂正請求等の負担を特許権者に強いることになること等である。

「訂正請求等を必要とする説」
この説の論拠は、(1)訂正後の特許請求の範囲の無効理由の判断のため、訂正後の特許請求の範囲を明確にする必要があること(2)侵害訴訟は原告の権利行使に起因するのだから訂正を請求する必要を甘受すべきであること 等である。この説はさらに2つに分かれる。

― 訂正請求等の確定も必要とする説
この説の論拠は、訂正請求等が確定する前の判断は、上訴による取消しや、再審の対象となる可能性があり法的安定性を欠くことである 。

― 訂正請求等の確定までは要しないとする説
この説の論拠は(1)訂正が確定したからといって、未だ無効になる可能性はあり、真に法的安定性が実現するわけではないこと(2)訂正請求等により無効理由が解消すると見込まれる場合にまで確定を要することは迅速な紛争解決に寄与しないこと等である 。

要件②:訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること
この要件の存在に関して異
論を述べる学説は見当たらない。ただし、無効理由の主張立証責任の分配については検討の余地があるとされる 。

要件③:被告製品が当該訂正後の請求項に係る考案の技術的範囲に属すること
この要件に関しては、結論として訂正の主張の要件にしてよいとする意見が有力なようである。しかし、要件事実論の観点から、議論の余地があるという意見がある 。すなわち、上記要件①②を立証すれば、特許法第104条の3の文言「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められる」を否定できると考えられるため、訂正の主張の要件としては不要ではないかという意見である。