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特許請求の範囲に記載のない発明を目的とする分割出願(昭和53年(ツ)第101号、最高裁昭和55年12月18日第1小法廷判決)

事件名

半サイズ映画フィルム録音装置事件

論点

旧・特許法は、10条で、2以上の発明を包含する特許出願の一部を新たな特許出願にできるという規定でした。

そこで、「2以上の発明」の、「発明」という文言は、特許請求の範囲の発明をいうのか、発明の詳細な説明や図面の発明も含むのか、これが論点になりました。

事実関係

・出願人は、原出願を出願し、出願公告された。
・出願人が、原出願の明細書に書かれた発明を、分割出願した。
・特許庁は、拒絶審決をした。
(特許庁は、出願公告後に特許請求の範囲を変えようと思うと、せまい範囲で訂正するしかないのに、公告後に明細書から分割を認めると、広い範囲で訂正したことと同じことになり、訂正の制度が無意味になる、と言いました。)

・出願人が出訴

・東京高裁は、請求を認容し、審決を取り消しました。
・特許庁長官が上告

本判決の結論

・棄却

・判旨(長いので、まとめました)

願書に添付した明細書の発明の詳細な説明や図面に記載された発明であつても、その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されているならば、右明細書の発明の詳細なる説明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであつても差し支えない、と解する。

なぜなら、

①特許制度の趣旨が、産業政策上の見地から、自己の発明を特許出願により公開することにより産業の発展に寄与した発明者に対し、公開の代償として、第三者との間の利害の適正な調和をはかりつつ発明を一定期間独占的、排他的に実施する権利を付与してこれを保護しようとするにあり、

②また分割出願の制度を設けた趣旨が、特許法のとる一発明一出願主義のもとにおいて、一出願により二以上の発明につき特許出願をした出願人に対し、右出願を分割するという方法により各発明につきそれぞれその出願の時に遡つて出願がされたものと看做して特許を受けさせる途を開いた点にあること、③他に異別の解釈を施すことを余儀なくさせるような特段の規定もみあたらないからである。

背景

当時は29条の2がなかったので、明細書に書いた発明が、後願の出願人に権利化される場合がありました。

なので、先願の出願人に分割を認めて、先願の出願人が権利化できるチャンスを与えるほうがよかったようです。

解説

「2以上の発明を包含する特許出願」が何を意味するかは、現行法の解釈にも意義を有するもので、
現行法44条の、「2以上の発明」も同じように解釈できるでしょう。

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特許紛争など知財訴訟における和解のメリット

訴訟のほかに、和解や仲裁などが存在します。

ここでは和解のメリットを記載します。

原告のメリット

  • 事件の早期解決
  • 設計変更など、差し止め以外の解決も可能
  • 無効審判を請求しない、などの合意をすることにより、権利の安定化を図ることができる

被告のメリット

  • 敗訴による営業上の不利益を回避できる
  • 賠償額よりも低額の支払いで済む場合がある
  • 争いが長期化せずに解決できるため、費用の負担が減る
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法律

無効審判と無効の抗弁の違い(比較)

特許紛争では、紛争解決手段として、「無効審判の請求」と「無効の抗弁」の両方があります。

両方の手段のメリット・デメリットを記載します。

無効審判

メリット

特許権を遡及的に消滅させ、侵害を回避できる。

デメリット

訴訟と別に事件が継続するので手続きが煩雑になり、さらに、審理に時間がかかる。無効審判の請求に費用がかかる。

無効の抗弁

メリット

技術的範囲の属否の審理の途中でも無効の抗弁が認められれば判決可能となり、審理の促進が図られる。また、訴訟の中で無効か否かを争うため、紛争の一回的解決が可能。

デメリット

抗弁が認められたとしても、その効果は、原告と被告との間の相対的無効に過ぎない。また、判断主体が、技術的知識を有する審判官ではなく、裁判官であるため、無効と判断されるか否かの予測が困難(特に新規性や進歩性違反を理由とする無効の判断について)。

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確認訴訟とは(確認の訴えとは)

確認訴訟とは、 原告が、特定の法律関係の「存在」または「不存在」を主張し,その確認を求める訴えをいいます。

確認の訴えの種類(2種類)

①積極的確認の訴え

権利関係の存在確認を求める場合が、積極的確認の訴えと呼ばれます。

②消極的確認の訴え

権利関係の不存在確認を求める場合が消極的確認の訴えと呼ばれます。

確認の対象は

現在の権利関係です。事実行為や過去・将来の権利関係は、原則として含まれません。

ある権利について、給付の訴えが可能な場合は、原則として、その権利の存在の確認を訴えることは認められません。

また、確認の訴えを認容する判決も、棄却する判決も、確認判決であり、確認判決には既判力が認められています。

参考:弁理士試験など法律試験における、用語の使い方の注意点

一般的にいう「差止請求」は、被疑侵害者に対してする請求です(たとえば、製品の生産をストップしろ!という請求です)。

他方、裁判所に訴えることは、「差止請求権の存在の確認を求める行為」です。つまり「差止請求」とは異なる行為です。

また、一般的にいう「損害賠償請求」は、被疑侵害者に対してする請求です(たとえば、1億賠償しろ!という請求です)。

他方、裁判所に訴えることは、「損害賠償請求権の存在の確認を求める行為」です。つまり、「損害賠償請求」とは異なる行為です。

たとえば、弁理士試験の論文試験で、「裁判所に差止請求する」などと書くと、民事訴訟の理解度がないものと思われてしまいますので、注意してください。

特許権者(甲)の、被疑侵害者(乙)に対する対応を問う問題であれば、正しい記載例は、「甲は、乙を被告として、差止請求権の存在を求める確認訴訟を提起するべきである。」などとなります。

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原子力エネルギー発生装置事件(昭和39年(行ツ)第92号、最高裁昭和44年1月28日第3小法廷判決)

事件名

原子力エネルギー発生装置事件(最高裁昭和44年1月28日第3小法廷判決
争点
本件のエネルギー発生装置が、旧特許法一条にいう「発明」に該当するかどうか。

事実関係

・フランスにした出願を基礎出願として(パリ優先権)、「原子力エネルギー発生装置」について、日本に出願がされました。

・特許庁は、拒絶審決をしました。 (理由:産業上安全に利用することができない)
・特許出願人は、出訴しました。
・東京高裁は、出願人の訴えを棄却しました。(理由:産業界において安全確実に実施するための要件を欠き、技術的にみれば未完成で、工業発明をしたものとはいえない)
・出願人が上告しました。

本判決について

・最高裁は、出願人の上告を棄却しました。
・以下、判旨です。

「本願発明は、その明細書によれば、要するに、中性子の衝撃による天然ウランの原子核分裂現象を利用し、その原子核分裂を起こす際に発生するエネルギーの爆発を惹起することなく有効に工業的に利用できるエネルギー発生装置を得ることを目的とするものというのである。

そのような装置の発明であるとすれば、それは単なる学術的実験の用具とは異なり、少なくとも定常的かつ安全にそのエネルギーを取り 出せるよう作動するまでに技術的に完成したものでなければならないのは当然であって、そのためには、中性子の衝撃による原子核の分裂現象を連鎖的に生起させ、かつ、これを適当に制御された状態において持統させる具体的な手段とともに、右連鎖的に生起する原子核分裂に不可避的に伴う多大の危険を抑止するに足りる具体的な方法の構想は、その技術内容として欠くことのできないものといわなければならない。

論旨は、その装置が定常的かつ安全に作動することは発明の技術的完成の要件に属しないものと主張し、また、それが旧特許法一条にいう 工業的発明とするのには、発明の技術的効果が産業的なものであれば足りると論ずるが、本願発明が連鎖的に生起する原子核分裂現象を安全に統制することを目 的としたものであることに目を蔽うものであり、また、それが定常的かつ安全に実施しがたく、技術的に未完成と認められる以上、エネルギー発生装置として産業的な技術的効果を生ずる程度にも至っていないものといわざるをえない。

 発明は自然法則の利用に基礎づけられた一定の技術に関する創作的な思想であるが、特許制度の趣旨にかんがみれば、その創作された技術内容は、その技術分野における通常の知識・経験をもつ者であれば何人でもこれを反覆実施してその目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体化 され、客観化されたものでなければならない。

 従って、その技術内容がこの程度に構成されていないものは、発明としては未完成であり、もとより旧特許法一条にいう工業的発明に該当しないものと いうべきである。

ところで、特許出願の手続においては、右のような発明の技術内容の全貌が明細書(その添付図面を含む。以下同じ。)のうちに開示され て、その記述が審査の対象となるわけである。その発明が技術的に完成されたものかどうかも、明細書の記述によつて判断されるのである。されば、右記述にお いて発明の技術内容が十分具体化、客観化されておらず、その技術分野における通常の知識を有する者にとって容易に実施可能とは認めがたいとすれば、その発明の実体は技術的に未完成のものとして発明を構成しないと判断して妨げないのである。原判決が、本願発明について明細書の記述の不完全から結局これを旧特 許法一条にいう工業的発明にあたらないと解したのは、このような見地に拠るものとして正当と認めることができる。」

解説

本判決では、 発明完成の要件について、一般論を述べています。

本件のエネルギー発生装置については、定常的かつ安全に実施できないことを理由に、「当業者が反覆実施してその目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体化 され、客観化されたもの」ではないと判断されています。

法律書などでは、この事件を一般化して、安全性を欠く技術(たとえば副作用のある医薬)は「発明」に該当するのかどうかが議論されていることが多いようです。

なお、安全性を欠く発明については、「発明」かどうか論じるのではなく、「産業上の利用可能性」の要件の問題として捉える考え方もあります。

このような考え方がなぜ出てくるのかというと、ある技術Aが、安全性を欠くことにより「発明」にあたらないとすれば、ほかの技術Bが出願された時に、技術Aと技術Bがどれだけ近い技術であっても、技術Aにより技術Bの新規性や進歩性が否定されないという困った状態がj生じるからです(つまり、他の出願に与える影響が違ってきます)。

また、優先権の先願に記載された技術が、安全性を欠くことにより「発明」でない、となれば、優先権は発生しないことになり、当然に優先権の主張は無効であり、これも困ったことになるからでず。

 

感想等

・この事件は、36第4項(実施可能要件)が規定される以前の事件です。現行法であれば、反復可能性は、36第4項(実施可能要件)の問題となるでしょう。

・一説によると、本件の出願人は外国人であったため、この出願に特許を与える道を閉ざさないと、当時の日本の原子力技術の発展が遅れてしまうという懸念から、この出願人の上告を棄却したとも言われています。

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解説;オリンパス事件(平成13年(受)第1256号、最高裁昭和15年4月22日第2小法廷判決)

事件名
 オリンパス事件

論点
使用者から対価をすでに受け取った発明者が、その受け取った対価と相当の対価との差額を、使用者に請求できるか?

事実関係

・使用者Xのもとで、「ピックアプ装置」を発明した発明者Yがいた。
・Yは、特許を受ける権利を勤務規則によりYから承継した。
・Yは、出願補償として3000円、登録補償として8000円、Xが他者にライセンスできた報償として20万ををもらった。
・Yは、額が足りないとして、使用者Xを訴えた。

本判決の結論(一部略)

「特許法35条によれば,使用者等は,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく,使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)において,特許を受ける権利等が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり,また,その承継について対価を支払う旨及び対価の額,支払時期等を定めることも妨げられることがないということができる。

しかし,いまだ職務発明がされておらず,承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に,「あらかじめ対価の額を確定的に定めること」ができないことは明らかである。

よって,35条の趣旨及び規定内容に照らしても,「これ」が許容されていると解することはできない。

換言すると,勤務規則等に定められた対価は,これが同条3項,4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別,それが直ちに「相当の対価」の全部に当たるとみることはできないのであり,その対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項,4項所定の相当の対価に当たると解することができる。

したがって,【要旨1】勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である。

本件においては,・・・である。そうすると,特許法35条3項,4項所定の相当の対価の額が上告人規定による報償金の額を上回るときは,上告人はこの点を主張して,不足額を請求することができるというべきである。

原審の上記第1の3(1)の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認することができる。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用することができない。 」

(消滅時効について)
「1 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。

対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが,しかし、対価の支払時期については明文の規定はない。

したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。

そうすると,【要旨2】勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。 本件においては,・・・規定に従って報償の行われるべき時が本件における相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となるから,被上告人が本件訴訟を提起した同7年3月3日までに,被上告人の権利につき消滅時効期間が経過していないことは明らかである。

所論の点に関する原審の上記第1の3(2)の判断は,結論において正当であり,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。 」

解説~この判決の意味~

相当の対価の算定は、事前であっても、事後であっても、正確に行うことは困難です。
本判決は、発明者がいったん対価を受け取ったとしても、のちのち、相当の対価との差額を請求できることを明らかにしました。

この法律判断は、発明者にとっては都合がよいのですが、会社にとってはどうでしょうか。
いい発明が出てきても、将来に発明者に訴訟を起こされて、大金をむしり取られる不安を抱えたまま、経営を続けなければいけない、、、、訴えられるかわからない発明者のために、ある程度の資本を内部に蓄えておかなければいけなくなります。経営上、予測性がない不安要素となってしまいました。
この判決に、当当時、多くの会社の経営者が不満をもったことは記憶に新しいことです。

補足

対価の算定について、そこまで厳格な計算を要求することは、面倒です。
なので、相当の対価は、幅のある概念でとらえておき、著しく不当でなければ、違法ではないとする考え方をとったほうが、便利でしょう。

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解説;職務該当性(昭和43年12月13日、最高裁昭和43年12月13日第2小法廷判決

事件名

石炭窒素の製造炉事件

争点

使用者等が、従業者等に対してある発明を完成すべき旨の具体的な指示や命令をしていなかった場合、「その発明をするに至った行為」は、従業者等の「職務」にあたるか?

背景

旧法の事件です。

事実関係

・Aは、技術部門担当の最高責任者。
・Aは、使用者から具体的な指示がないまま、使用者Yの人材、設備、資金を利用して考案をした。
・Aは出願して登録を受けた。
・Aが死んだ後、権利を相続したXは、考案を実施する使用者Yに、損害賠償請求をした。

・亡くなったAさんがした考案について、使用者は(現行法でいう35条1項の)通常実施権を有することを主張した。

・一審と二審は、いずれも、使用者Yが通常実施権を有するとして、Xの請求を認めなかった。

本判決の結論

・棄却

・判旨(一部省略)

「原判決(その引用する第一審判決を含む。)の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の先代であるAは、同人が石灰窒素の製造炉に関する本件考案を完成するに至つた昭和26年3月当時、

石灰窒素等の製造販売を業とする被上告会社(Y)の技術部門担当の最高責任者としての地位にあつたものであり、かつ、その地位にもとづき、被上告会社における石灰窒素の生産の向上を図るため、その前提条件である石灰窒素の製造炉の改良考案を試み、その効率を高めるように努力すべき具体的任務を有していたものであるから、

Aが本件考案を完成するに至つた行為は、Aの被上告会社(Y)の役員としての任務に属するものであつたというべきであり、

したがつて、被上告会社(Y)は、本件実用新案につき、旧実用新案法(大正10年法97号)26条、旧特許法(大正10年法96号)14条2項にもとづく実施権を有する、とした原審の解釈判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、独自の見解を主張するものにすぎず、採用する
ことができない。」

解説~本判決の意味~ (百選66~67頁より)

本判決は、使用者Y(会社Y)の方針や、Aの会社Yにおける地位に基づいて判断しています。
なので、本判決は、具体的な指示や命令がある場合に「職務」にあたるかという法律的な問題には答えは出していません、実質的にはこれを否定したものといえるでしょう。

本判決の後も、裁判例は「職務」に該当する場合を、具体的な指示や命令がある場合に限定していないようです。

 

補足

百選で執筆教授は、「職務」に該当するか否かにおいて、使用者の資源を利用したかどうかは無関係に判断されるべきである、という見解を述べています。
なぜなら、使用者は、発明完成に、資源が利用されなかったから職務発明が成立しないとすると、発明のための投資意欲を失いかねないからだそうです。

ほかにも、勤務時間外の場合はどうか、自己の費用でされた場合はどうか、試験研究を職務としない者についてはどうか、など、「職務」該当性の判断は、事案ごとに考慮要素が大きくちがうので、どうしても一様な解釈ではうまくいかないでしょう。

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解説;出願後の減縮補正と、出願前の実施契約による不作為義務の対象(平成4年(オ)第364号、最高裁平5年10月19日)

事件名
契約上の不作為義務にもとづく差し止め請求事件

この判決に関する論点

出願前に第三者と実施契約を結んでいた場合で、出願後に請求項を減縮する補正があった場合、その補正に応じて、不作為義務の対象(やってはいけない行為の対象)の範囲が、減少するかどうか?

事実関係

・甲(被上告人)の代表者は、「装置A」と実質的に同一の「装置B」に関する発明Xについて、特許権を取得して実施しようと考えた。一方で、特許出願の準備を進めて、出願をした。

・発明Xの明細書の特許請求の範囲には、インゴットの取付け位置を限定する記載はなかった。

・上告人の丙と、被上告人の甲は、昭和47年1月~4月までの間に、つぎのような契約を口頭で締結した。
それは、
1.「装置A」の製造を、甲が丙に発注する
2.丙は発注を受けてこれを製造して、「装置A」を甲に納入する
という内容であった。

・甲の代表者は、発明Xの特許出願を準備していたため、丙は「装置A」を甲以外には納入販売しないという(不作為)義務を負う旨の合意をした。

・ 丙の代表者は、発明Xの特許出願に拒絶理由が通知されたので、、昭和52年11月21日、発明Xの明細書の特許請求の範囲につき、インゴットの取付け位置を限定する旨の補正をした。

・昭和54年10月18日に、補正された内容で出願公告され、同55年5月20日、設定登録された。

・本訴は、上告人の丙が製造して他に販売した装置(被告装置)は、契約の対象である「装置A」に含まれるとして、甲が丙に対し、「装置A」の製造販売等の差止めと損害賠償を請求した。

・一審は、甲の請求を認容した。

・丙は、高裁に訴えた。

・東京高裁は、丙の請求を棄却した
(理由:契約の対象は発明Xを実施した装置である「装置A」であるが、被告装置は「装置A」に含まれる。発明Xは、出願の過程で明細書の特許請求の範囲が補正された結果、特許請求の範囲が減縮された発明として設定登録され、これにより発明Xの内容が変動しても、補正前に締結された契約の対象となる装置が変動することはない)
※ 東京高裁は、被告装置が補正後の発明の技術的範囲に含まれるか否かを検討することなく、丙の請求を棄却しました。

・丙は上告した

本判決の結論

・破棄差し戻し
・判旨
「原審の右判断は是認することができない。原審の前記認定によれば、上告人はその製造した本願発明の実施に当たる装置を被上告人以外には納入販売しないとの義務を負っていたが、本願発明は、出願の過程で明細書の特許請求の範囲が補正された結果、特許請求の範囲が減縮された本件発明として設定登録されたというのである。

そして、本願発明は掘削装置の構成に関するものであり、右装置が製造されて工事等に使用されたならば、これを現認した者は容易に発明の内容を知ることができるところ、右発明について特許出願をして独占権が与えられない限り、被上告人は他者の右発明の実施を阻止することができないことは明らかである。

そうであるならば、特許出願準備中の本願発明を実施した装置を上告人に製造させる旨の本件契約は、本願発明につき特許出願がされて将来特許権として独占権が与えられることを前提として、このような発明としての本願発明の実施に当たる装置を対象として締結されたものと解すべきである。

けだし、本件契約が、本願発明につき特許出願がされ将来特許権として独占権が与えられるか否かにかかわりなく締結されたとするならば、本件契約に基づいて北辰式掘削装置が製造販売され本願発明を他者が知るところとなり、他者がその実施をすることが可能となるに至る技術的事項につき、契約当事者である上告人のみが実施を禁ぜられることになり、不合理であるといわざるを得ないからである。

したがって、特段の事情の認められない本件においては、本願発明につき、出願の過程で明細書の特許請求の範囲が補正された結果、特許請求の範囲が減縮された場合には、これに伴って本件契約によって被上告人以外に納入販売しないという義務の対象となる装置もその範囲のものになると解するのが相当である。

これを要するに、本願発明がその出願の過程で変動しても本件契約の対象となる装置が変動することはないとした原審の説示には、契約に関する法令の解釈適用を誤る違法があるといわなくてはならない。

そうすると、原判決には右の違法があり、これが原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

そこで、後記の部分を除き、更に審理判断させるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。

なお、昭和57年9月30日に本件特許を無効とする旨の審決があり、右審決の取消しを求める訴訟において請求棄却の判決がされ、右判決が平成2年4月19日に確定したことは当裁判所に顕著であるから、被上告人の、北辰式掘削装置の製造販売等の差止めを求める部分は、被告装置が本件発明の技術的範囲に属するか否かにかかわらず棄却すべきであり、これと同旨の第一審判決は正当であって、被上告人の控訴は棄却すべきである。」

解説

この判決の読み方には注意が必要です。
なんとなく読んでしまうと、出願前のライセンスの範囲は、発明が減縮補正されたら、その狭くなった発明の範囲になる、というのがこの判決の言わんとしていること、、、、、と誤解してしまいます。

この判決は、あくまでも、甲と丙との間に交わされた契約の内容を解釈をしたのです。

どのように解釈したのかというと、判決文中のこの部分に記載があります。

「特許出願準備中の本願発明を実施した装置を上告人に製造させる旨の本件契約は、本願発明につき特許出願がされて将来特許権として独占権が与えられることを前提として、このような発明としての本願発明の実施に当たる装置を対象として締結されたものと解すべきである」

あくまでも甲と丙の関係から、このような契約の内容を解釈したのです。

したがって、≪出願前のライセンスがあったときに減縮補正があれば、この事件のように、ほかの事件も処理される≫と考えてはいけないのです。

ゆえに、つぎのような問題が残ります。

残された問題

「出願後の補正などで特許請求の範囲が減縮されても不作為義務の範囲がせまくならない」 という契約がなされていた場合、どのようになるのかは、この判決からはわかりません。

つまり、そのような事案は本件とは似ていないので、射程は及ばない、ということです。

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解説;生ゴミ処理装置事件(平成9年(オ)第1918号、最高裁平成13年6月12日第3小法廷判決)

いわゆる生ゴミ処理装置事件を解説します。

事件名
 生ゴミ処理装置事件

争点
 特許を受ける権利を有していた「真の権利者X」が、特許登録の後に、「冒認者Y」を相手取って、登録名義を冒認者から自己へ移転することを請求することができるか?

事実関係
・XとZが、共同発明をして、出願。
・「冒認者Y」が、偽造した譲渡証書により、Xの特許を受ける権利の持ち分を譲り受けた旨の、出願人名義変更届けを特許庁長官に提出。
・ Xは、特許を受ける権利(共有持分)を有することの確認訴訟を提起
・YとZを特許権者とする設定登録
・Xは、上記の確認の訴えを、Zの特許権の持ち分につき移転登録手続きを求める訴えに、変更した。

・一審は、Xの請求を認容した。
・Yが控訴した。
・二審は、Yの請求を認容した。

二審の理由は、つぎのとおり。
①特許権は、行政処分である設定登録により発生するので、無効にされるまでは有効なものとして取り扱うべき②特許を無効にするためには無効審判によるべきで、無効理由の存否については行政機関の判断に委ねるべき
③よって真の権利者から冒認出願による特許権者に対する特許権返還請求について司法判断することは、特許訴訟手続きの趣旨に反する
したがって、「特許の返還を求める請求権」はない

・Xは上告した。

本判決の結論

・認容
・判旨

「上記2の事実関係によれば,本件発明につき特許を受けるべき真の権利者は上告人及び上告補助参加人であり,被上告人は特許を受ける権利を有しない無権利者であって,

① 上告人は,被上告人の行為によって,財産的利益である特許を受ける権利の持分を失ったのに対し,被上告人は,法律上の原因なしに,本件特許権の持分を得ているということができる。

② また,上記2の事実関係の下においては,本件特許権は,上告人がした本件特許出願について特許法所定の手続を経て設定の登録がされたものであって,上告人の有していた特許を受ける権利と連続性を有し,それが変形したものであると評価することができる。

③ 他方,上告人は,本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるものの,特許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとしても,本件特許出願につき既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶され,本件発明について上告人が特許権者となることはできない結果になるのであって,それが不当であることは明らかである

④ (しかも,本件特許権につき特許無効の審決がされることによって,真の権利者であることにつき争いのない上告補助参加人までもが権利を失うことになるとすると,本件において特許無効の審判手続を経るべきものとするのは,一層適当でないと考えられる。)。

⑤ また,上告人は,特許を受ける権利を侵害されたことを理由として不法行為による損害賠償を請求する余地があるとはいえ,これによって本件発明につき特許権の設定の登録を受けていれば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい難い。

⑥その上,上告人は,被上告人に対し本件訴訟を提起して,本件発明につき特許を受ける権利の持分を有することの確認を求めていたのであるから,この訴訟の係属中に特許権の設定の登録がされたことをもって,この確認請求を不適法とし,さらに,本件特許権の移転登録手続請求への訴えの変更も認めないとすることは,上告人の保護に欠けるのみならず,訴訟経済にも反するというべきである。

これら(上記③~⑥)の不都合を是正するためには,特許無効の審判手続を経るべきものとして本件特許出願から生じた本件特許権自体を消滅させるのではなく,被上告人の有する本件特許権の共有者としての地位を上告人に承継させて,上告人を本件特許権の共有者であるとして取り扱えば足りるのであって,そのための方法としては,被上告人から上告人へ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが,最も簡明かつ直接的であるということができる。

もっとも,特許法は,特許権が特許庁における設定の登録によって発生するものとし,また,特許出願人が発明者又は特許を受ける権利の承継者でないことが特許出願について拒絶をすべき理由及び特許を無効とすべき理由になると規定した上で,これを特許庁の審査官又は審判官が第1次的に判断するものとしている。
しかし,本件においては,本件発明が新規性,進歩性等の要件を備えていることは当事者間で争われておらず,専ら権利の帰属が争点となっているところ,特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有していなくても判断し得る事項であるから,本件のような事案において行政庁の第1次的判断権の尊重を理由に前記と異なる判断をすることは,かえって適当とはいえない。

また,本件特許権の成立及び維持に関しては,特許料を負担するなど,被上告人の寄与による部分もあると思われるが,これに関しては上告人が被上告人に対して被上告人のした負担に相当する金銭を償還すべきものとすれば足りるのであって,この点が上告人の被上告人に対する本件請求の妨げになるものではない。

解説

この事件には、まず、行政法一般の構造に関する論点があります。

特許登録は行政処分ですので、それが違法であっても、取消判決などが確定するなどしない限り、裁判所も含めて、何人たりとも、行政処分に効力がないものとして取り扱うことはできません。
また、その効力を否定するためには、行政庁に対する不服申し立て手続きで最終的に決められなければいけません。
したがって、行政法の構造によれば、自己が発明者ないし正当な権利者であるとして特許権の移転登録を求めることはできないのです。

つぎに、特許法固有の論点があります。

まず、特許権者になるには出願をする必要がありますので、発明者が当然に特許権者になれるという前提が特許法において成立するかどうかが問題となります。

また、特許権が付与された発明が、発明者のした発明とは、微妙にちがうものであった場合、無制限に真の権利者の移転請求を認めると、複雑な権利関係を残す可能性があります。

そのような論点がありながら、本判決は、利益考量によって、移転登録請求を認めるべきとの価値判断をしました。
一般には、最高裁は、不当利得返還請求という法律構成により結論を出したと言われています。


補足

ブラジャー事件(東京地裁H14.7.17)との違いがよく取り上げられます。

生ごみ事件と、ブラジャー事件とでは、つぎのように違いがありました。

生ゴミ事件
・発明者は、もともと出願人の一人
・発明者がだれかについて争いなし

ブラジャー事件
・発明者は、出願していない
・発明者が誰なのかが争われていた

 

ブラジャー事件では、裁判所は、移転請求を認めると、自ら出願をしていない者に特許権を付与することを認めることとなってしまうため、特許法の制度の枠を超えてしまい、特許法の登録制度に照らし許されないと述べて、移転請求を認めませんでした。

補足2
平成24年法改正により、74条(特許権の移転の特例)が規定されました。
新設された74条により、生ゴミ処理装置事件の場合については、123条1項第2号(第38条)違反の場合として特許権の移転請求できることになりました。
さらに、ブラジャー事件の場合についても、 123条1項第6号違反の場合として、特許権の移転請求できることになりました。

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法律

酸化ベリリウム事件(昭和51年(行ツ)第9号、最高裁昭和51年4月30日第2小法廷判決)

いわゆる酸化ベリリウム事件を解説します。

事件名

酸化ベリリウム事件(最高裁昭和51年4月30日第2小法廷判決)

論点

出願後に頒布された刊行物によって、出願時の技術水準を認定することは、実案3条2項に反するか?

事実関係

・特許庁の審判官は、拒絶審決をしました。

(審決は、第一引用例と第二引用例から、本願発明が容易に推考可能である、と述べました。)
・出願人が、出訴しました。
・東京高裁は、出願人の訴えを棄却しました。
(東京高裁は、出願時の技術水準を判断する資料として、特許庁内における不服審判手続きに現れていなかった、出願後に頒布された刊行物を新たな資料として採用し、その新たな証拠によって、出願時の技術水準を認定し、実案3条2項の容易推考性を判断しました。)
・出願人は、上告しました。

本判決について

・最高裁は、出願人の上告を棄却しました。

・以下、判旨です。

「実用新案登録出願にかかる考案の進歩性の有無を判断するにあたり、出願当時の技術水準を出願後に頒布された刊行物によって認定し、これにより進歩性の有無を判断しても、そのこと自体は、実用新案法3条2項の規定に違反するものではない。」

解説

本件は、(メリヤス事件の射程の中で)出願時点の考案の進歩性を判断するときに、出願当時の技術水準を、出願後に頒布された刊行物によって認定できる、としたものです。

つまり、本事件で最高裁は、出願時に発行されていた「刊行物」に、出願時に存在していた「情報」が記載されていなかったとしても、その「情報」が出願後に発行された刊行物に記載されていた場合には、その刊行物に記載された情報を、出願時の進歩性の判断材料にしてもよい、と言ったのです。

なお、「出願後に頒布された刊行物」の例としては、出願後に公開された先願の特許公報が挙げられます。

補足(進歩性の判断と技術水準について)

発明の進歩性を判断に、技術水準が考慮されるとは、どういうことをいうのか、解説します。

審査の流れ

通常、出願された発明は、審査請求された後、審査官によって、新規性や進歩性などの要件が審査されることになります。

このとき、審査官は、出願時より前に発行された文献の中から、出願された発明(請求項に記載された発明)の構成要件を満たす発明が記載された文献を探します。

このとき、

・出願された発明の構成要件を満たす発明が記載された文献を見つけた場合、審査官は、「新規性なし」の拒絶理由を出願人に通知します。

・出願された発明の構成要件を満たす発明が記載された文献を見つけることができなかったときは、審査官は、なるべく、出願された発明に近い発明が記載された文献を探し、その発明と、出願された発明との差異をチェックします。

つぎに、審査官は、その発明と、出願された発明との差異に、進歩性がないことの論理付けができるかどうか検討します。

そして、進歩性がないことの論理付けができる場合、出願人に「進歩性なし」の拒絶理由を通知します。

進歩性の判断と、技術水準の考慮

進歩性がないことの論理付けは、実務上、出願された発明に近い発明が記載された文献と、出願された発明との「差異」を生み出すことが、当業者にとって、出願時に容易であったかどうかにより判断されます(容易であると判断されれば「進歩性なし」となります)。

技術水準は、「差異」を生み出すことの容易性の判断に考慮されます。

たとえば、2012年現在、タッチパネル式のカーナビ装置はないが、タッチパネル自体は入力装置として広く知られている技術(周知技術)だと仮定します。

ここで、タッチパネル式のカーナビ装置が出願されたとします。

そして、審査官は、タッチパネル式ではないカーナビ装置が記載された「文献A」を発見したとします。

このとき、審査官は、「当業者は、文献Aに、周知技術を組み合わせて、出願にかかる発明を完成させることは簡単だ」という見解を記載した拒絶理由を通知してきます。

補足2

関連した問題点として、特許判例百選(42~43)に次の見解が挙げられています。

1-1
審決取り消し訴訟で、容易推考事実としての公知刊行物「甲」、および出願当時の技術水準を証する証拠「丙」としての、新たな公知刊行物「乙」を証拠として追加する場合であって、

‐ 実質的に主要事実(甲や丙と置き換えるようなとき)である場合
→最大判(メリヤス)や、167条の逸脱行為であり許されない

‐ 甲や丙の補強証拠である場合
→許される

1-2

審決取り消し訴訟で、容易推考事実としての公知刊行物「甲」、および出願当時の技術水準を証する証拠「丙」としての、新たな非公知刊行物「乙」を証拠として追加する場合であって、

‐ 出願当時の技術水準を補強するものである場合
→許される(本判決の事案)

‐ 出願当時の技術水準を認定する唯一の証拠である場合
→この場合は、最大判(メリヤス)や、167条の逸脱行為であり許されないと思う

2-1

技術水準を主張立証するための補助証拠である場合
→問題はない

2-2

出願時の技術水準を引き上げるための証拠となる場合
→技術水準という主要事実を直接立証する証拠の一部となるので、この場合は最大判との関係で問題がある。

※ このあたりは、訴訟の立証方法に関する細かい部分であり、面白いところなのですが、弁理士試験ではまず出ないでしょう。