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カテーテル関連感染症の知識

カテ感染について

  • いわゆる「カテ感染」すなわち「血管内カテーテルの感染症」は、正式な医学用語ではない。
  • 概念としては、catheter‒related bloodstream infection(CRBSI)とcentral line‒associated bloodstream infection(CLABSI)がある。
  • CRBSIは、血管内留置カテーテル関連血流感染症のこと。
  • CLABSIは、中心ライン関連血流感染症のこと。中心ラインとは、カテーテルの先端が大動脈,肺動脈,下大静脈,腕頭静脈,内頸静脈,鎖骨下静脈,外腸骨静脈,総腸骨静脈,大腿静脈などに留置されているものをいう。
  • CRBSI の原因は、中心静脈カテーテル以外にも、末梢静脈カテーテル、動脈カテーテルなどもある。
  • 4つの主な汚染経路は、①皮膚細菌叢の挿入部位からの汚染(患者の皮膚および医療従事者の手指)、②カテーテルおよびハブ(接続部)の汚染(医療従事者の手指、汚染された器具との接触、輸液ラインの不適切な取り扱いなど)、③輸液の汚染、④他の感染巣からの血行性播種が挙げられる。
  • 中心静脈に留置されるカテーテルについては、観察研究の結果では、感染発症頻度がもっとも低いのは鎖骨下静脈であり、次いで内頸静脈、もっとも頻度が高いのは大腿静脈とされている。
  • 原因菌で多いのは、CNS,Staphylococcus aureus,Enterococcus species,Candida species,Escherichia coli,Klebsiella species,Pseudomonas aeruginosa,Enterobacter species,Serratia species,Acinetobacter baumanniiなど。
  • CRBSIは、入院期間の延長をもたらし、播種性感染巣(化膿性脊椎炎,腸腰筋膿瘍,化膿性血栓性静脈炎)や細菌性心内膜炎,眼内炎による失明(特にカンジダ・セレウス菌)などの合併症のリスクがある。
  • 熱源不明の発熱、カテーテル刺入部の発赤,圧痛,腫脹,膿の分泌など、白血球数の増加、桿状核好中球の増加、CRP上昇などがあれば、CRBSIを疑う。
  • 感染を疑うときにカテーテルを抜去せず、温存して治療を継続する「抗菌薬ロック療法(antibiotic lock therapy:ALT)」が現在注目を集めている(エビデンスは弱い)。抗菌薬ロック療法では、EDTA,minocycline,エタノールの3 つを使用する。EDTAはフィブリン形成阻害、minocyclineはバイオフィルム透過性が良好、エタノールはカンジダや緑膿菌に有効。
  • カテーテル関連血流感染症(CRBSI)を疑うのは、カテーテル留置中の患者で,① 熱源不明の発熱がある場合、または、②カテーテル刺入部・周囲の炎症徴候(発赤・圧痛・膿の分泌)を認める場合。ただし、CRBSIでは局所の発赤,熱感,腫脹などの所見を伴うものは全体の3% しかなく)、実際には、培養採取
    まで至らずに見逃されている症例も多いと考えられている。
  • CRBSIの診断のための検査では、抜去したカテーテルの先端培養に加えて、血液培養2 セット以上が必須。カテーテルを抜去しない場合は、DTP(differential time to positivity)が有用。
  • DTPは、血液培養の経皮採取(最低1 セット)のほかに、患者に留置されている血管内カテーテル類(中心静脈カテーテル,動脈ライン,ポートなど)から同時に採取する方法であり、後者が前者よりも2 時間以上早く培養陽性反応を示したときに判定が「陽性」となる(DTPは日本版敗血症診療ガイドライン(日本集中治療医学会)においても推奨されている)。血液培養ボトルに分注する血液量を等しくすることに注意が必要。

治療

  • 原因菌が判明するまでの第一選択薬は、empiric 治療(初期治療)として、MRSAのカバー目的でvancomycin が必要。
  • 発症後1時間以内に抗菌薬投与を開始すべきとされている。
  • 基本的には、①ダプトマイシンor バンコマイシン でグラム陽性菌をカバー、②タゾバクタム/ピペラシリンor カルバペネム系 or 第4世代セフェム系でグラム陰性菌をカバー、③免疫低下、長期抗菌薬使用、カンジダ属菌の検出歴がある(喀痰や尿など)、中心静脈カテーテル留置中(とくに鼠径部)などの背景があれば、さらに抗真菌薬も併用でカンジダ属菌をカバー(日本感染症学会/日本化学療法学会の感染症治療ガイドラインなどを参考)。
  • フォローとして、抗菌薬開始から72時間以内に血液培養2 セットを採取し,陰性化が確認できるまで繰り返す。また、菌種によって合併症検索が必要。
  • 合併症は、黄色ブドウ球菌では、感染性心内膜炎や化膿性脊椎炎が多い。黄色ブドウ球菌菌血症では心エコー(72 時間以内に血液培養が陰性化しないときは経食道エコーも)が推奨。経胸壁心エコーの感染性心内膜炎に対する感度
    は十分でなく、確実な検索には経食道心エコーが必要。
  • 黄色ブドウ球菌(MRSAを含む)では、感染性心内膜炎や化膿性脊椎炎が多い(いずれも予後悪い)。検出された場合、発熱持続・血培が陰性化しないとき、心エコーなどを実施。
  • カンジダ属菌では、眼内炎が多い(失明に至るケースも)。検出された場合、眼科受診必須。
  • 感染性心内膜炎(IE)の場合、経胸壁断層心エコーで最も多く認められる異常所見は疵贅であり50~60%の症例で認められる。他には、頻度の低い異常所見として、弁穿孔、腱索断裂、心筋内膿瘍などがある。
  • 感染性心内膜炎(IE)の治療は、殺菌的抗菌薬を長期間投与する(4週間以上)。短期間での投与終了は再発の危険が高くなる。疵贅内の細菌は多数であるうえ、フィブリンに覆われており白血球による貧食が妨げられている。実際の抗菌薬の投与方法は、起炎菌の種類と抗菌薬感受性により細分化されている。なお、抗菌薬療法でコントロールできないときは外科手術を要する場合がある(早期に外科手術を施行したほうが予後良好であるという報告もある)。
  • カンジダ血流感染のリスクが高いと考えられるときは、β-D-グルカン検査の実施を考慮する。
  • 黄色ブドウ球菌の心内膜炎は、全身に播種して(高率に頭蓋内に播種)、予後が悪い(多発脳梗塞、感染性動脈瘤破裂によるくも膜下出血)。化膿性脊椎炎では脊柱管内へ進展すると対麻痺になり予後が悪い。カンジダ眼内炎が見逃され失明になったケースもある。
  • なお、CNS の中でもStaphylococcus lugdunensisは病原性が高く、感染性心内膜炎など血行性播種病変を発症する可能性も高いため注意が必要。IDSA ガイドラインでは、S. aureus と同様、カテーテルの抜去と、最低2 週間の抗菌薬投与を行うように推奨されている。
  • また、腸球菌によるCRBSI でも、感染性心内膜炎は、合併症としてのリスクは比較的低いが、① 新規に心雑音を認める,② 塞栓の所見がある,③ 適切な抗菌薬治療後72 時間経っても解熱しない,④ 人工弁などの人工物を留置している,などの条件があれば、感染性心内膜炎の検索が推奨される。
  • Serratia 属が起因菌の場合は、輸液セットの管理やカテーテル留置部位の管理に問題がある可能性もある。
  • 体内に人工物が挿入されている場合(人工弁,人工血管,人工関節,脊椎固定術後など)は、菌血症を発症後、しばらく経ってから人工物感染をきたすことがある。
  • 菌血症により、感染性塞栓症(septic emboli)になることもある。早期の発症例では虚血(梗塞)を起こすことが多く、それ以降は深部感染(膿瘍)となることが多い。病変は肺,脳,腎臓,脾臓など多岐にわたる。
  • Candida 属や黄色ブドウ球菌以外の起因菌によるCRBSI の場合、血液培養の再検は必須ではない。
  • 眼内炎がある場合は、アムホテリシンB,フルコナゾールなど中枢移行性のある抗真菌薬が必要となる。
  • カテーテルの抜去にもかかわらず72時間以上、菌血症が続く場合や、転移病巣が出現した場合などでは、4~6週間の治療が必要となる場合もある。
  • CRBSIの予防策の詳細については、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の『Guidelines for the Prevention
    of Intravascular Catheter-Related Infections』や、国公立大学附属病院感染対策協議会の『病院感染対策ガイドライン』が参考になる。
  • 血液培養を採取するときは、採取部位の皮膚の汚れを丁寧に拭い取り、消毒は1%クロルヘキシジンアルコール(CHG-AL)で行うことが望ましいとされる(常在菌の混入を最小限にするため)。
  • なお、CRBSI予防を目的として、抗菌薬含浸中心静脈カテーテルが上市されているが、カテーテル培養の偽陰性につながりうるため、結果の解釈に注意が必要である。
  • ちなみに、中心静脈カテーテルを留置する際は、滅菌ガウン、滅菌手袋、キャップ、マスクを着用し、滅菌ドレープを使用して無菌操作で行う(高度バリアプレコーション)。末梢静脈カテーテルの挿入時は、刺入部に触れないのであ
    れば、未滅菌手袋で構わないとされる。
  • カテーテル留置の継続必要性は、毎日評価する(不要なら抜去する)。刺入
    部の感染徴候の有無は毎日評価する。中心静脈カテーテルのドレッシング材は最低でも1 週間に1 回は交換する。末梢静脈カテーテルについては、感染徴候がなければ72~96 時間より頻繁にカテーテルを交換する必要はないとされる。
  • 中心静脈栄養施行時には脂肪乳剤投与が推奨されてるものの、脂肪乳剤は細菌感染の増殖を促進するとのデータがある。他方、適切な静脈カテーテル管理
    下ならば脂肪乳剤投与の有無で血流感染の発生頻度に差はみられなかったとする報告もあり、コンセンサスは得られていない。そもそも、脂肪乳剤を投与する症例は、低アルブミン血症を合併あうるなど免疫機能が低下して感染リスクが上昇していることが多いたり、薬剤の影響があったりして、検証には限界がある。
  • “脂肪乳剤とCRBSI発症についてはいまだ一定のコンセンサスは得られていない。適切な静脈カテーテル管理下では脂肪乳剤投与の有無で血流感染の発生頻度に差はみられなかったとする報告がある一方、脂肪乳剤を投与した人呼吸器管理下の集中治療室の患者では有意にCRBSIが増加するとの報告がある。” 出典:『脂肪乳剤投与に伴うカテーテル関連血流感染の検討』日本医療マネジメント学会雑誌 Vol 21 No2(2020)
  • “脂肪乳剤は、単独でも、アミノ酸や糖と混合した形でも、輸液自体が汚染すると微生物が急速に増殖することが知られている(脂肪乳剤単独の方が増殖しやすい)。したがって、脂肪乳剤を含まないアミノ酸加糖電解質液と同様の輸液ライン交換頻度では感染率が高まるのではないかという危惧があるのである。そのため、脂肪乳剤を含む輸液を投与する場合には24時間毎の輸液ラインの交換が推奨されている。” 出典:静脈経腸栄養ガイドライン第3版より
  • カンジダ属菌によるCRBSI(カンジダ菌血症:侵襲性真菌症)の補助診断に、血中β-D-グルカンの測定(pg/mL)が有用。ただし、偽陽性を引き起こす因子に注意が必要。環境中のβ-D-グルカンによる汚染、セルロース素材の透析膜を用いた血液透析、セルロース膜で精製した血液製剤などの投与、Β-D-グルカン含有の抗悪性腫瘍剤(クレスチン,レンチナン,シゾフィラン)、手術でのガーゼ使用、非特異反応の出現(多発性骨髄腫・高γ-グロブリン血症など) などが偽陽性を引き起こす。

参考に、カテーテルごとの CRBSI 発生割合

カテーテルごとの CRBSI 発生割合
カテーテルごとの CRBSI 発生割合

上図の出典:200件の公開された前向き研究のシステマティックレビュー

Maki DG, Kluger DM, Crnich CJThe risk of bloodstream infection in adults with different intravascular devicesa systematic review of 200 published prospective studies. Mayo Clin Proc 811159-1171, 2006

 

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法律

共同無効審判請求人の一部の訴訟(平成8年(行ツ)第185号、最高裁平成12年2月18日第二小法廷判決)

最高裁平成12年2月18日第二小法廷判決

論点
無効審決取り消し訴訟は、無効審判請求人の一部の者が、単独で提起できるかどうか。

事実関係

・Yは特許権者
・Xと訴外2名は、無効審判請求人

・特許庁 無効審判請求不成立審決

・請求人だったXが単独で審決取り消し訴訟を提起

・東京高裁 認容(不成立審決を取り消すとの判決)
(東京高裁は、進歩性違反とした)

・特許権者のYが、X単独で訴えはできないとして、上告

本判決の結論

・棄却
・判旨
「無効審判請求をした者の全員が共同して提起することを要すると解すべき理由はないから、本件訴訟は適法である」

解説

複数の人が無効審判を請求するときのパターン には、次の3パターンがあります。

1 共同で請求・・・・・・・本件判決

2 別々に提起して、別々に審決

3 別々に提起したが、併合される場合・・・・・・・最高裁平成12年1月27日

補足

参考:最高裁平成12年1月27日事件の判旨(本判決用に多少アレンジして書きました)

共同して特許を無効とする審判の請求があったときに、請求不成立審決がなされた場合、共同審判請求人の一部がする審決取消訴訟の提起は、適法である。

理由を以下に述べる。

第一に、特許を無効とすることについての利益は、無効審判請求をする者がそれぞれ有する固有の利益である。

第二に、共同審判請求人の一部がする審決取消訴訟の提起が不適法になると解するならば、一部の請求人が請求不成立審決に対する不服申立てをしなかったときは、これにより、他の請求人が自己の固有の利益のため追行してきたそれまでの手続を無に帰せしめ、その利益を失わせることとなり、不合理といわざるを得ない。

第三に、単独で提起できると解するときは、裁判所の判断が請求不成立審決を維持すべき旨の判決と、請求不成立審決を取り消すべき旨の判決とに分かれ、双方が確定する事態が生じ得ることになる。しかし、判決の確定により無効審決が確定したときは、特許権は、初めから存在しなかったものとみなされるのであるから(特許法一二五条)、これとは別に既に請求不成立審決が確定していたとしても、当該特許の効力は失われる。
また、そのときに裁判所に継続している他の審判請求人による審決取消訴訟は、訴えの利益が失われる。

したがって、審決の矛盾、抵触により法的状態に混乱を生ずることはない。

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法律

判定の法的性質(昭和42年(行ツ)第47号、最高裁昭和43年4月18日第1小法廷判決)

最高裁昭和43年4月18日第1小法廷判決

論点

特許発明の技術的範囲に関する判定が行政訴訟の対象となる行政処分か否か?

事実関係

・Aは、自分の製品が、B社の登録実用新案にかかる考案の技術的範囲に入るかどうか判定を求めた。

・特許庁は、技術的範囲に入るという判定をした。

・Aは、特許庁長官に、行政事件訴訟法にもとづく異議申し立てをした。

・特許庁長官は、異議申し立てではなく、審査請求だと解釈したうえで、判定は行政処分に該当しないから、不服申し立てできないとして、請求を不適法却下した。

・Aに任命された管財人Xが、特許庁長官を相手取り、出訴した。

・東京地裁は、判定の結果は、権利義務関係に影響を及ぼさず、法律上の地位に影響を及ぼさないとして、棄却。

・Xが控訴

・東京高裁も、法的拘束力のない判定の結論に不服申し立てを認めなくても、憲法違反にはならないとした。

・Xは上告

本判決の結論 

・棄却
・判旨一部省略

特許法71条所定の判定が行政不服審査の対象となり得るかどうかについては、法律に別段の規定がないので、この問題は、行政争訟の一般原則に従つて解決するよりほかはない。

ところで、行政不服審査法が行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に対して不服申立を認めているのは、

この種行為が国民の権利義務に直接関係し、その違法又は不当な行為によつて国民の法律上の利益に影響を与えることがあるという理由に基づくものである。

従つて、行政庁の行為であつても、性質上右のような法的効果を有しない行為は、行政不服審査の対象となり得ないと解すべきである。

いま、これを判定についてみるのに、判定は、特許等に関する専門的な知識経験を有する三名の審判官が公正な審理を経て行なうものではあるが、本来、特許発明又は実用新案の技術的範囲を明確にする確認的行為であつて新たに特許権や実用新案権を設定したり設定されたこれらの権利に変更を加わえるものではなく、

また、法が、

旧特許法(大正一〇年法律第九六号)八四条一項二号所定の特許権の範囲確認審判や
旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)二二条一項二号所定の実用新案権の範囲確認審判の審決
について置かれていたような、

判定に法的効果を与えることを前提とする規定を設けていないこと、

他方、所論のごとく判定の結果が特許権等の侵害を理由とする差止請求や損害賠償請求等の訴訟において事実上尊重されることがあるとしても、これらの訴訟に対して既判力を及ぼすわけではなくして証拠資料となり得るに過ぎず、

しかも、判定によつて不利益を被る者は反証を挙げてその内容を争うことができ、裁判所もまたこれと異なる事実認定を行なうのを妨げられないことに思いをいたせば、

それは、特許庁の単なる意見の表明であつて、

所詮、鑑定的性質を有するにとどまるものと解するのが相当である。

なお、上告人は、判定が本来の意味における行政庁の処分でないとしても、それは行政不服審査法二条一項にいう事実行為に該当する、と主張する。

しかし、同条にいう事実行為とは、

「公権力の行使に当たる事実上の行為」、

すなわち、意思表示による行政庁の処分に類似する法的効果を招来する権力的な事実上の行為を指すものであるが、

判定がこれに当らないことは、多言を要しないところである。

されば、特許法71条所定の判定は、行政不服審査の対象としての行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為に該当せず、

従つてまた、実用新案法26条により右特許法の規定を準用してなされた本件判定も、行政不服審査の対象となり得ず、これと同趣旨に出た原判決(その引用に係る第一審判決)の判断は、正当であつて所論法令違背の違法はなく、この点の論旨は、理由がない。

また、違憲の論旨も、本件判定が行政不服審査の対象としての行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に該当することを前提とするものであるが、かかる前提そのもののとり得ないことは、叙上の説示によつておのずから明らかであり、その前提を欠くに帰する。

解説

H11年に、判定の請求の却下には不服申し立てできない旨の条項ができました。

71条4項です。

これは、本判決の考え方と近い考え方のもとつくられたといわれています。

すなわち、審理結果には不服申し立てできないのに(本判例)、却下には不服申し立てできるとすると、なぜ却下にだけできるのかという違和感が生じるので、両者のバランスをとったのです。

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法律

審判書における理由記載の程度(昭和59年(行ツ)第134号、昭和59年3月13日第1小法廷判決)

昭和59年3月13日第1小法廷判決

論点

審決書に書く審決の理由は、どの程度詳しく書けばよいのか。

事実関係

・特許権者(甲)は、「非水溶性モノアゾ染料」の発明について、特許をとった。

明細書には、化合式中、
は、水素、臭素、シアン、トリフルオロメチルまたはニトロと開示され、
は、水素、・・・・・・、アシルアミノと開示されていた。

・乙は、無効審判を請求

・特許庁は、無効とする審決をした。
(先行技術に、「がシアンで、かつ、がアシルアミノ基のもの」が開示されていました。この製法を記載した請求項では、XやYの化学式を、とくに限定していなかったので、その製法の発明は、先行技術から新規性なしとされました。
そして、請求項には、「がシアンで、かつ、がアシルアミノ基のもの」以外のものが含まれているのですが、この先行技術にない部分については、XやY成分は、明細書に書いてあるその余の成分と容易に置換でき、特別な価値も認められないとしました。)

・甲は、無効審決の取消訴訟を提起

・甲は、無効審決の審決取り消し訴訟の係属中、がニトロ基で、がアシルアミノ基である発明に訂正する訂正審判を請求し、それが認められて確定しました。

・東京高裁は、無効審決を取り消しました。
(先行技術を含まない発明に訂正されたこと、それにより審理の対象が変わったこと、審決書には具体的に、容易に置換できる根拠が示されておらず、特別な価値を否定する根拠もない、というようなことを理由に述べました。)

・乙(審判請求人)が上告

本判決の結論

・棄却

・判旨

「特許法は、特許に無効原因がある場合について、直接に当該特許の取消ないしは無効確認を求めて訴訟を提起することを認めず、
特許を無効にするための手続として、民事訴訟手続に準じた審判手続を設け、特許無効の審判を請求した者と特許権者とを当事者として関与させ、
特許の無効原因の存否について専門的知識経験を有する審判官による審理判断を経由することを要求するとともに、
その審決に対しては取消訴訟において専ら審決の適法違法のみを争わせ、特許の適否は審決の適否を通じてのみ間接にこれを争わせるにとどめている。

その趣旨とするところは、

特許に無効原因があるかどうかについては、右審判手続において法律上及び事実上の争点について十分な審理判断をすべきものとするにあると解される。

また、特許法は、右取消訴訟を東京高等裁判所の専属管轄として事実審を一審級省略しているのであるが、このことは、特許の無効原因の存否については、すでに審判手続において当事者の関与のもとに十分な審理判断がされていることを前提としているからにほかならないと解されるのである。

これらの点に鑑みると、 特許法157条2項4号が審決をする場合には審決書に理由を記載すべき旨定めている趣旨は、

①審判官の判断の慎重、合理性を担保しその恣意を抑制して審決の公正を保障すること、

②当事者が審決に対する取消訴訟を提起するかどうかを考慮するのに便宜を与えること

及び

③審決の適否に関する裁判所の審査の対象を明確にすることにある。

したがつて、審決書に記載すべき理由としては、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者技術上の常識又は技術水準とされる事実など、これらの者にとつて顕著な事実について判断を示す場合であるなど特段の事由かない限り

前示のような審判における最終的な判断として、その判断の根拠を証拠による認定事実に基づき具体的に明示することを要するものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、本件審決書には、・・・・・・についての特許が特許法29条2項の規定に違反し無効であるとする理由としては、「・・・・・・」との記載があるにすぎないというのであり、

これを原判示の本件審決書のその余の記載に照らして考察しても、右理由の記載は、・・・・・・引用例の発明とは成分の置換が容易であり、また、生成染料も同程度の価値のものであるということをいわば結論的に示すにとどまり

そのように.判断した根拠を証拠による認定事実に基づき具体的に明示するものとはいえないから、

特段の事由が認められない本件においては

・・・・本件第一発明のような染料の技術分野における発明についての
特許が右規定に違反し無効であるとする判断を示すについて、右程度の記載をもつて法の要求する審決理由を記載したものと解することはできず、

したがつて、本件審決中本件第一発明に関する部分は違法であるといわなければならない。

右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。

また、原審の適法に確定したところによれば、本件審決書には、本件第二発明についての特許が前記規定に違反し無効であるとする理由の記載としては、本件第一発明に関する前記理由の記載をうけたうえ、本件第二発明と本件第一発明との相違点に格別の技術的意義はない旨の説示を付加しているにすぎないというのであるから、本件審決中本件第二発明についての特許を無効にした部分も、適法な理由の記載を欠く違法があるものというほかはなく、これと同旨の原審の判断もまた、正当として是認することができる。

原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

解説

審決書に理由が全く記載されていない場合は、もちろん違法になるのですが、

本判決は、

その「審決書に理由が全く記載されていない場合」 だけでなく、

「審決書の記載の不備」があるときにも、審決の違法理由(取り消し事由)になることを示しました。

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法律

無効審決の確定と訂正審判・審決取り消し訴訟の帰趨(昭和57年(行ツ)第27号、昭和59年4月24日第1小法廷判決)

事件名

トレラーの駆動装置事件

論点

訂正審判の審決に対する審決取消訴訟の最中に、無効審決が確定したら、その訂正審判の審決取り消し訴訟は、どうなるのか。

事実関係

昭和43年
無効審判請求

昭和45年
特許権者が訂正審判を請求した

昭和48年
特許庁で、訂正不成立の審決がされた


昭和49年
特許庁で、無効にすべき旨の審決がされた

昭和??年
特許権者が訂正不成立審決に対する取消訴訟を提起

昭和??年
特許権者が無効審決に対する審決取消訴訟を提起

昭和52年の同日
無効審決に対する審決取消訴訟で、棄却判決がされ、
訂正不成立審決に対する取消訴訟で、
一部認容、一部棄却の判決がされた。

昭和??
特許権者が、無効審決に対する審決取消訴訟の棄却判決に対して上告

昭和??年

特許庁長官が、訂正不成立審決に対する取消訴訟の
一部認容、一部棄却の判決に対して上告。

昭和55年の同日
最高裁は、無効審決に対する審決取消訴訟の棄却判決に対する上告を棄却した。
最高裁は、訂正不成立審決に対する審決取消訴訟の一部認容、一部棄却の判決にする上告について破棄差し戻し判決をした。

昭和??年
無効審決が確定した

昭和56年
東京高裁は、棄却判決をした。
(事件を差し戻された東京高裁での審理で、特許庁は、無効が確定したら、訂正審判の請求の利益が失われると主張したが、東京高裁は、無効が確定することは、確定以前にした訂正審判の請求の利益を失わせるものではないとして、訴えの適法性を肯定した。)

この差戻後の判決について特許庁長官が上告したのが、本件である。

本判決の結論

・破棄自判
・判旨(この事件は実案ですが、特許の事件と考えて、言葉を置き換えました)

「一般に、訂正審判の係属中に、特許を無効にする審決が確定した場合は、
特許法125条の規定により、同条ただし書にあたるときでない限り、特許権は初めから存在しなかつたものとみなされる。

よって、もはや願書に添附した明細書等を訂正する余地はないものとなる。

よって訂正審判の請求はその目的を失い不適法になる。

ここで特許法126条6項の規定は、その本文において、

特許権の消滅後における訂正審判の請求を許し、ただし書において、審判により特許が無効にされた後は訂正審判の請求を許さないものとしている。

その趣旨とするところは、123条3項の規定が、過去において有効に存在するものとされていた特許権の消滅後も無効審判の請求を許すこととしているので、これに対応して、特許権者に対し、特許権が消滅した場合にも無効審判の請求に対する対抗手段としての訂正審判の請求をすることができるものとしたことにある。

特許を無効にする審決の確定により特許権が初めから存在しなかつたものとみなされる場合については、訂正審判の請求はその目的を失うので、右ただし書は、このような場合について訂正審判の請求を許さないことを明らかにしたものと解されるのである。

してみれば、右ただし書の規定は、無効審決が確定した後に新たに訂正審判の請求をする場合にその適用があるのはもとより、

特許権者の請求した訂正審判の係属中に無効審決が確定した場合であつてもその適用が排除されるものではない(適用される)というべきである。

したがつて、訂正審判の請求について、請求が成り立たない旨の審決があり、これに対し特許権者が提起した取消訴訟の係属中に、当該特許を無効にする解決が確定した場合には、特許権者は、右取消訴訟において勝訴判決を得たとしても訂正審判の請求が認容されることはありえないのであるから、
審決の取消を求めるにつき法律上の利益を失うに至つたものというべきである。

これを本件についてみると、上告人は、本件特許権者としてその出願の願書に添附した明細書の訂正の審判を請求したが、その請求が成り立たないとする本件審決を受け、本訴によりその取消を求めているものであるところ、

記録によれば、本件特許権については、特許法29条の規定に違反してされたものであり、同法123条1項一号の規定に該当するとしてその登録を無効にする審決が昭和55年5月1日に確定したことが明らかであるから、これによつて、上告人は、本件審決の取消を求めるにつき法律上の利益を失うに至つたものというべきである。

そうすると、本件訴えは、不適法として却下すべきであり、これを適法として本案につき判断をした原判決は、破棄を免れない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

解説

・この判決は、無効審決が確定したら、そのとき、継続している訂正審判や、訂正審判の審決取り消し訴訟は、却下されるということを言っています。

・最高裁は、とりうる解釈としては二つありました。
ひとつは、本判決のような解釈です。
もうひとつは、無効審決の確定後でも、訂正審判の請求を適法と認めて、訂正がされた場合、再審事由とする解釈です。
しかし、最高裁はこのような、いたずらに法律関係を錯綜させる救済ルートは承認しませんでした。

補足

このようなダブルトラック制からくる問題を、
平成5年改正で、解決を図りました。

① 無効審判が特許庁に継続しているときの訂正審判の請求を防ぐ
② 無効審判での訂正請求を創設

ところが、無効審判の審決取消訴訟に継続しているときに、訂正審判を請求する事案が増えるという問題がありました。

そこで、平成15年改正で、
① 無効審決の確定まで、訂正審判の請求を防ぐ
② 審決取消訴訟の提起から90日は、訂正審判の請求を認める
③ 審決取消しの決定を裁量で行うことを可能にする

という内容に変更しました。

H15改正以後は、この判例のような事案が実際に起きるこは、少ないだろうと思われます。

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法律

誤記の訂正の意義(昭和41年(行ツ)第1号、最高裁昭和47年12月14日第1小法廷判決)

事件名
フェノチアジン誘導体事件(最高裁昭和47年12月14日第1小法廷判決)

論点
特許請求の範囲に誤記があるときに、その誤記の訂正をすると、特許請求の範囲を実質的に拡張するものとなる場合、その訂正が認められるか?

事実関係

・特許権利者は、つぎの式を、特許請求の範囲に記載していたました。

HOーAーN-R1

R2

※Hは「水素」、Oは「酸素」、Nは「窒素」を表し、R1やR2は、特定の化学式であることを表します。

・特許権者は、明細書に、Aは、分岐を有するアルキレン基であるか、分岐を有さないアルキレン基であるという内容を記載していました。

・特許権者は、訂正審判を請求し、請求項の文言を、
「Aは分岐を有するアルキレン基」から、「Aは分岐を有することあるアルキレン基」
に変更する訂正を行おうとしました。

・しかし、特許庁は、訂正審判の請求は成り立たないとする審決をしました。

・特許権者が出訴しました。

・東京高裁は、特許権者の訴えを棄却しました。
(この訂正は、「Aは分岐を有さないアルキレン基」という技術的事項を付加するものである、などと理由を述べました。)

・特許権者が上告しました。


本判決について

・最高裁は、特許権者の上告を棄却しました。

・以下、判旨です。

「126条の解釈問題における「特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正」と、「語記の訂正」の関係は、一方に属するものは他方に属しないというように、截然と相互に無関係に区分されうるものではなく、特許請求の範囲を実質的に拡張または変更するものでないかぎり、これを形式的に拡張または変更することも許されるという意味での、相関関係にあることが明らかである。

そして、特許請求の範囲の減縮を目的とする場合においても、法は、これをつねに訂正可能とするのではなく、「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する ものであつてはならない」という制限のもとにおいてのみその訂正を許容する。

したがつて、同条一項一号の規定を根拠として、特許権の効力範囲の変動が齎される場合であつてもつねに訂正が許されるべきである、とする論旨には理由はな い。

法は、特許出願に際し願書に添附すべき明細書の「特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」(旧36条5項)ものとし、
また、「特許発明の技術的範囲は、願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない」(70条)ものとするのであつて、特許請求 の範囲の項の占める重要性は、とうてい発明の詳細な説明または図面等と同一に論ずることはできない。

すなわち、特許請求の範囲は、本来明細書において、対世的な絶対権たる特許権の効力範囲を明確にするものであるからこそ、前記のように、特許発明の技 術的範囲を確定するための基準とされるのであつて、法126条2項にいう「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもの」であるか否かの判断は、もと より、特許請求の範囲の項の記載を基準としてなされるべく、所論のように、明細書全体の記載を基準としてなされるべきものとする見解は、とうてい採用し難 い。

また、発明の基本的思想の同一性が失われる場合に、これが特許請求の範囲の実質上の変更にあたるとして訂正の許されえないことは勿論であるが、同条2項(現行法では4項)に いう実質上の拡張または変更にあたる場合を、ひとりこれにとどまるものということはできないのである。

おもうに、訂正の審判が確定したときは、訂正の効果は出願の当初に遡つて生じ(法128条)、しかも、訂正された明細書または図面に基づく特許権の効力 は、当業者その他不特定多数の一般第三者に及ぶものであるから、訂正の許否の判断はとくに慎重でなければならないのが当然である。

原審の確定事実に照らして本件を観るのに、上告人が訂正を求める「甲は分枝を有するアルキレン基」との記載は、特許請求の範囲の項中の本件特許発明の構成 に欠くことができない事項の一に属するものであつて、これが「甲は分枝を有することあるアルキレン基」の誤記であることは当事者間において争いのないとこ ろであるとはいえ、

本件における特許請求の範囲の項に示された式(化学式は末尾添付)中の「甲は分枝を有するアルキレン基」とする記載は、それ自体きわめて明瞭で、明 細書中の他の項の記載等を参酌しなければ理解しえない性質のものではなく、また、それが誤記であるにもかかわらず、「甲は分枝を有するアルキレン基」とい う記載のままでも発明所期の目的効果が失われるわけではなく、当業者であれば何びともその誤記であることに気付いて、「甲は分枝を有することあるアルキレ ン基」の趣旨に理解するのが当然であるとはいえないというのである。

これによると、前記の「甲は分枝を有するアルキレン基」との記載は、上告人の立場からすれば誤記であることが明かであるとしても、一般第三者との関係から すれば、とうていこれを同一に論ずることができず、けつきよく、本件特許発明の詳細な説明の項中にその趣旨を表示された「甲は分枝を有するアルキレン基」 と「甲は分枝を有しないアルキレン基」との両者のうち、前者のみを記載したのが本件特許請求の範囲にほかならないのである。

以上説示するところによれば、本件の場合、特許請求の範囲の「甲は分枝を有するアルキレン基」との記載を「甲は分枝を有することあるアルキレン基」と訂正することは、形式上特許請求の範囲を拡張するものであることは勿論、本件明細書中に記載された特許請求の範 囲の表示を信頼する一般第三者の利益を害することになるものであつて、実質上特許請求の範囲を拡張 するものというべく、法126条2項の許容しないところといわなければならない。

したがつて、これと結論を同じくする原判決は相当であつて、諭旨はすべて理由がない。

解説

この判決で最高裁は、誤記の訂正を目的とする訂正であっても、権利範囲を広げる訂正はダメだ、という法的見解を示しました。
ちなみに、126条4項には「第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない。 」とあるのですが、この4項では、1項の訂正の目的との関係はなんら書かれていませんので、本判決は、結果として、126条4項を、文言に忠実に従って適用したということになります。

補足

昭和41年(行ツ)46号、最高裁判所昭和47年12月14日第一小法廷判決も、同じような事件でした。 この事件では、最高裁は、請求項にあった文言 「3乃至5F」を「3乃至5℃」に変えるのは、権利範囲を変更するものにあたるのでダメだといいました。「華氏」を「摂氏」に変更するのは、誤記であったとしても、ダメだといったのです。

豆知識

訂正審判は、青本によれば、「無効審判への対抗手段」として存在しています。
いままでは、どのように訂正審判が請求されていたか説明してみます。

H16改正前
までは、特許庁に無効審判事件が継続している間は訂正審判が請求できませんでした。そこで、つぎのような流れになっていました。
1.無効にすべき旨の審決がなされる。
2.特許権者は、特許の遡及消滅を防ぐために、無効審判の審決取消訴訟を提起する。
3.その後、特許権者は訂正審判を請求し、一方で、無効審判の審決取消訴訟の手続きの中止を求める(168条)

H16改正後
は、無効審判の審決が確定するまで原則として訂正審判が請求できなくなりました。そこで、つぎのような流れになりました。
1.無効にすべき旨の審決がなされる
2.特許権者は、無効審判の審決取消訴訟を提起する
3.特許権者は、審決取消訴訟を提起してから90日以内に訂正審判を請求し、一方で、無効審判の審決取消訴訟の手続きの中止を求める(168条)。

H24年改正後
は、126条2項が改正されたことにより、審決取消訴訟を提起してから90日以内に訂正審判を請求する制度が廃止されましたので、もしも訂正審判を請求するとすれば、つぎのような流れになります。
1.無効にすべき旨の審決がなされる。
2.特許権者が、無効審判の審決取消訴訟を提起し、無効審決を取り消す判決が確定する。
3. 特許権者が、訂正審判を請求する。

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法律

補償金支払い請求のための警告;アースベルト事件(昭和61年(オ)第30号、最高裁昭和63年7月19日第3小法廷判決)

事件名

アースベルト事件

論点

出願公開後に警告した後、補正したら、改めて警告が必要か?

事実関係

・出願人Xが、自動車の後部に垂らしてアースしながら走れるベルトについて実用新案登録出願をした。
・Yが、同様のベルトを製造販売
・出願人が、請求の範囲を減縮する補正をした。

・第一審は、棄却
(理由:不明)

・二審も、棄却
(仙台高裁は、まず、法的な解釈として、①補償金請求との関係では、補正のときに新たな出願がされたものと解する、と述べました。そして、②補正後に警告があるか、悪意であることが必要と述べました。そして、あてはめにおいて、③この事件では、補正後の警告もないし、悪意とも認められないから、補償金請求の要件を満たさないとしました。)

本判決の結論

・一部破棄差し戻し、一部棄却

・判旨

「実用新案登録出願人が出願公開後に第三者に対して実用新案登録出願に係る考案の内容を記載した書面を提示して警告をするなどして、

第三者が出願公開がされた実用新案登録出願に係る考案の内容を知つた後に、補正によつて登録請求の範囲が補正された場合において、その補正が元の登録請求の範囲を拡張、変更するものであつて、

第三者の実施している物品が、補正前の登録請求の範囲の記載によれば考案の技術的範囲に属しなかつたのに、補正後の登録請求の範囲の記載によれば考案の技術的範囲に属することとなつたときは、

出願人が第三者に対して実用新案法13条の3に基づく補償金支払請求をするためには、右補正後に改めて出願人が第三者に対して同条所定の警告をするなどして、第三者が補正後の登録請求の範囲の内容を知ることを要するが、

その補正が、願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において補正前の登録請求の範囲を減縮するものであつて、第三者の実施している物品が補正の前後を通じて考案の技術的範囲に属するときは、右補正の後に再度の警告等により第三者が補正後の登録請求の範囲の内容を知ることを要しない

と解するのが相当である。

(なぜなら)
第三者に対して突然の補償金請求という不意打ちを与えることを防止するために右警告ないし悪意を要件とした同条の立法趣旨に照らせば、

前者の場合のみ、改めて警告ないし悪意を要求すれば足りるのであつて、

後者の場合には改めて警告ないし悪意を要求しなくても、第三者に対して不意打ちを与えることにはならないからである。

本件についてこれをみると、出願公開時における本件考案の登録請求の範囲は、・・・・のままではなく、出願公開前の・・・補正により補正されており、・・・・登録請求の範囲の減縮に当たると解される。

そうであれば、・・・被告製品は、補正の前後を通じて本件考案の技術的範囲に属することになるから・・・出願人が同条所定の補償金の支払を請求するには、補正の後に改めて・・・に対して警告を・・・して被上告人らにおいて補正後の登録請求の範囲の内容を知ることは要しない・・・。

なお、右警告ないし悪意の要件については、実用新案登録出願は、一年六か月経過後に例外を除き自動的に出願公開がされるものであるところ・・・本件記録によれば、被上告人らは、・・・本件訴状とともに甲第一号証の一ないし五(本件考案の実用新案登録願、出願審査請求書、明細書、委任状、出願番号通知)の写しの送達を受けることにより、本件考案が出願されたこと及びその内容、出願番号等を知り、その後も、本件考案に類似する考案の出願の有無・内容等を調査し(乙第一号証ないし第三号証、第四号証の一・二、第五号証の一ないし七、第六号証)、本件考案の審査の過程を見守つていたこと(乙第七号証の一ないし七)が窺われ、

更には、第一審の昭和五五年二月二〇日の口頭弁論期日における上告人Aの本人尋問において、被上告人らの訴訟代理人の質問に対して、上告人Aが本件考案はこの間公開されたばかりである旨答えており、

これらのことに照らせば、出願公開の直後に、あるいは遅くとも右口頭弁論期日において、本件考案が出願公開された事実を被上告人らが知つたとの疑いが濃厚である

したがつて、出願公開に基づく上告人Aの補償金支払請求を棄却した原追加判決は、その要件を定めた実用新案法一三条の三の解釈適用を誤つた違法があつて、この違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであり、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるものといわなければならない。

これと同旨に帰するものと解される上告人Aの論旨は、理由がある(なお、上告会社は、その主張によつても、本件考案について独占的実施許諾を受けて昭和五三年六月から原告製品の製造販売をしているというだけであつて、本件考案の出願人でないことが明らかであるから、他に特段の事情のない限り、同条所定の補償金支払請求を認める余地はない。)。

解説

本判決は、補正と補償金請求の要件の警告との関係について法的見解を述べています。

減縮補正の前後を通じて被告製品が請求の範囲に含まれていたときや、 拡大補正により請求の範囲にいきなり入ってしまったときには、再度の警告がいる、という見解です。

注意しなければならないのは、拡大補正の前後を通じて権利範囲に入っているときについては、何も述べていない点です。

不意打ちを防ぐという趣旨であれば、その場合、再度の警告はいらないようにも思えます。

しかし、警告後の一回目の補正で、広範な範囲に補正された場合、公知技術との関係で、ぜったい特許にならないだろうと第三者が考えるような補正の場合、その第三者に、次の補正で減縮したときに再度の警告をするべきかもしれない、という意見があるようです。(百選p85)

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法律

訂正審決の確定と無効審決取消訴訟の帰趨(平成7年行政(ツ)第204号、最高裁平成11年3月9日第3小法廷判決)

事件名
 大径角型鋼管事件(だいけいかくがたこうかんじけん)

論点
無効審判の審決取り消し訴訟中に、訂正審判が確定したときは、その無効審判の審決取り消し訴訟は、どうなってしまうのか。

事実関係

・Xは特許権者

・Yは、特許権者Xの特許に、無効審判を請求した。

・特許庁は、無効にすべきとの審決(請求認容審決)をした(理由:進歩性違反)。

・ 特許権者Xは、審決について審決取り消し訴訟を提起するとともに、特許請求の範囲を減縮する訂正のため訂正審判を請求した。

・訴訟中に、訂正審決が確定した。

・東京高裁は、無効審判の審決に対する審決取り消し訴訟について、棄却判決をした。

(東京高裁は、訂正審決が確定しても、訂正後の発明を無効審決において引用された技術と対比して、無効審決と同旨の理由により同一の結論に達するときは、無効審決における認定の誤りはその結論に影響を及ぼさないから、無効審決を違法として取り消すことはできない、とした。)

・ 特許権者Xが上告

本判決の結論

・破棄自判

・判旨(現行法に合わせて文章をすこし改変済)

「一般に、審決取消訴訟において、審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができない。

ここで、特許請求の範囲が訂正審決により減縮された場合には、減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加されているから、通常の場合、訂正前の発明について対比された公知事実のみならず、その他の公知事実との対比を行わなければ、発明が特許を受けることができるかどうかの判断をすることができない。

そして、このような審理判断を、特許庁における審判の手続を経ることなく、審決取消訴訟の係属する裁判所において第一次的に行うことはできないと解すべきであるから、訂正後の明細書に基づく発明が特許を受けることができるかどうかは、当該特許権についてされた無効審決を取り消した上、改めてまず特許庁における審判の手続によってこれを審理判断すべきである。

もっとも、訂正後の特許請求の範囲に基づく発明が無効審決において対比されたのと同一の公知事実により無効とされるべき場合があり得ないではなく、原判決は本件がこのような場合であることを理由とするものであるが、本件において訂正審決がされるためには、126条3項により、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないから、訂正後の特許請求の範囲の記載に基づく発明が無効審決において対比された公知事実により同様に無効とされるべきであるならば、訂正審決はその規定に反していることとなる。

そのような場合には、123条1項8号において、126条6項に違反して訂正審決がされたことが特許の無効原因となる旨を規定するから、右のような場合には、これを理由として改めて特許の無効の審判によりこれを無効とすることが予定されている。

したがって、無効審決の取消しを求める訴訟の係属中に当該特許権について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合には当該無効審决を取り消さなければならないものと解するのが相当である。

これを本件について見ると、・・・・本件訂正審決による特許請求の範囲の訂正は、特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから、本件無効審決はこれを取り消すべきものである。

解説

この事件は、旧法に関するものですが、現行法下においてもあてはまります。

本判決は、以前の判例(メリヤス編機事件)を前提に、判断が下されています。

この判決には、結論および理由について、批判がされています(百選110~111)。

本判決では、裁判官は、無効審決の取り消しの根拠として

「通常の場合、訂正前の発明について対比された公知事実のみならず、その他の公知事実との対比を行わなければ、発明が特許を受けることができるかどうかの判断をすることができない。」

と言っていますが、これが取り消しの根拠となるかは疑問だという批判です。

つまり、
無効審判の審決取り消し訴訟は、審決の違法性や瑕疵を争うものです。
無効審判と訂正審判とは、別個の手続ですから、無効審判の審決のあとに、訂正審判で特許請求の範囲を減縮する訂正が確定したからといって、そのこと(訂正審決の確定)をもって無効審判の審決が違法ということにはなりません。

また、裁判官が、「通常の場合、」と言っているように、
減縮訂正の前後で、なお無効審決の原因となった公知事実で無効審決が維持できるか場合もありえるのです。すなわち、必ずしも、「その他の公知事実との対比を行わなければ、発明が特許を受けることができるかどうかの判断をすることができない」ことはないのです。

とくに、上に書いたように、審決取り消し訴訟は、審決の違法性を争うものですが、本判決では、無効審決の違法性や瑕疵が何であるか、よくわからないのです。

コメント

メリヤス編機事件の最高裁判例は、単に、無効審決の原因となった公知事実以外の他の公知事実をもとに無効審決を維持することができないと言っているだけなので、この判決の結論の理由づけとしては、あまりよくなかったのかもしれません。

なぜ、わざわざ別の無効審判を起こさなければならないのか、という疑問もあります。

補足

東京高裁平成14年11月14日は、本判決とは異なり、無効審判が請求不成立審決になった場合の事件です。
この事件では、審判請求人がが審決取り消し訴訟を提起したあとに、特許権者が訂正審判による特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正をして、訂正が確定しました。
このときに、東京高裁は、本判決のような当然取り消しを否定したのに注目です。

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生理活性物質測定事件「方法の発明に関する特許権の効力」(平成10年(オ)第604号、最高裁平成11年7月16日第二小法廷判決)

事件名
生理活性物質測定事件(カリクレイン事件)

この判決に関する特許法上の論点
方法の発明に関する特許権の効力

事実関係
・Xは、特許権者であった。

・特許は「生理活性物質測定方法(カリクレインの生成阻害能の測定方法)」についてなされており、この測定方法は、医薬品の品質検定のために使用される方法である。

・Xは、この測定方法を医薬品Aの確認試験に使っている。

・Yは、後発医薬品Bの確認試験に、特許の方法を使用した。

・ Xは、Yが特許の方法を使用しており、Yの医薬品Bの製造販売が特許権の侵害と訴えた。

・Xは、つぎの1~6をYに求めた。
1.抽出液の製造の差止め、
2.医薬品Bの製造販売の差止め及びこれらの宣伝広告の差止め、
3.医薬品yの廃棄、
4.医薬品Bについて健康保険法に基づき収載された薬価基準申請の取下げ
5.医薬品Bについて薬事法に基づき取得した製造承認の申請の取下げ
6.製造承認によって得ている地位の第三者への承継、譲渡の禁止

・Yは、Yが使用している方法は、特許発明とは異なるとして争った。

・第一審は、Xの特許発明の方法と、Yの使用している方法は異なると認定し、Xの請求を棄却した。

・ Xが控訴

・東京高裁は、Yの使用する方法は、特許発明の方法であるとした。
また、「本件発明は、概念的には方法の発明であるが、本件方法が上告人医薬品の製造工程に組み込まれ他の製造作業と不即不離の関係で用いられていることからすれば、実質的に物を生産する方法の発明と同視することができ、本件特許権は、本件発明を用いて製造された物の販売についても侵害としてその停止を求め得る効力を有する」と判断した。
そして、東京高裁は、 Xの請求のうち、
1.「本件方法を用いた」上告人抽出液の製造の差止め、
2.本件方法を用いた上告人製剤の製造販売及び宣伝広告の差止め、
3.上告人医薬品の廃棄、
4.上告人製剤について健康保険法に基づく薬価基準収載申請の取下げを求める限度で、
被上告人の請求を認容し、
その余の5.と6.の請求を棄却した。

・Yは、100条2項の解釈に誤りがあるとして、上告した。

本判決の結論

・破棄自判

・判旨

「 特許権者は、自己の特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の差止めを請求することができるところ(特許法100条一項)、

特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有するから(同法68条本文)、第三者が業として特許発明を実施することは、特許権の侵害に当たる。

そして、特許発明の実施とは、方法の発明にあっては、その方法を使用する行為をいうから(同法2条3項2号)、特許権者は、業として特許発明の方法を使用する者に対し、その方法を使用する行為の差止めを請求することができる。

これに対し、物を生産する方法の発明にあっては、特許発明の実施とは、その方法を使用する行為の外、その方法により生産した物を使用し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為をいうから(同項3号)、特許権者は、業としてこれらの行為を行う者に対し、これらの行為の差止めを請求することができる。

方法の発明と物を生産する方法の発明とは、明文上判然と区別され、与えられる特許権の効力も明確に異なっているのであるから、方法の発明と物を生産する方法の発明とを同視することはできないし、方法の発明に関する特許権に物を生産する方法の発明に関する特許権と同様の効力を認めることもできない。

そして、当該発明がいずれの発明に該当するかは、まず、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである(同法70条1項参照)。

これを本件について見るに、本件明細書の特許請求の範囲第1項には、カリクレイン生成阻害能の測定法が記載されているのであるから、本件発明が物を生産する方法の発明ではなく、方法の発明であることは明らかである。

本件方法が上告人医薬品の製造工程に組み込まれているとしても、本件発明を物を生産する方法の発明ということはできないし、本件特許権に物を生産する方法の発明と同様の効力を認める根拠も見いだし難い。

【要旨第一】本件方法は本件発明の技術的範囲に属するのであるから、上告人が上告人医薬品の製造工程において本件方法を使用することは、本件特許権を侵害する行為に当たる。

したがって、被上告人は、上告人に対し、特許法100条1項により、本件方法の使用の差止めを請求することができる。

しかし、本件発明は物を生産する方法の発明ではないから、上告人が、上告人医薬品の製造工程において、本件方法を使用して品質規格の検定のための確認試験をしているとしても、その製造及びその後の販売を、本件特許権を侵害する行為に当たるということはできない。

したがって、被上告人が、上告人に対し、上告人医薬品の製造等の差止めを求める前記1.と2.の請求はすべて認容することができないものである(なお、本件訴訟の経過に徴すれば、1.と2.の請求を、本件方法の使用の差止めを求める趣旨を含むものと解することもできない。)。 」

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膵臓疾患治療剤事件「後発医薬品と試験研究」(平成10年(受)153号、最高裁平成11年4月16日第2小法廷判決)

事件名

膵臓疾患治療剤事件

論点

製造承認申請のための各種試験と、それに供する製剤の製造を特許期間中に行うことが許されるか?

事実関係

・特許権者Xは、膵臓の治療剤にかかる発明について、特許を受けていた。

・Yは、特許権の存続期間中に、特許権者Xの特許発明にかかる製剤と同一の有効成分を有する製剤を、薬事法の製造を得るために、製造した。

・また、Yは、特許権の存続期間満了後に、製造承認を取得した。

・その後、Yは、製剤の製造販売を開始した。

・Xは地裁で販売の差し止めを請求した。

・第一審では、口頭弁論終結時に、特許権の存続期間が満了していたので、棄却された

・ Xは、損害賠償の請求を追加して、控訴した。

・控訴審では、Yの実施は、69条の試験または研究のためにする特許発明の実施 であるとして、棄却された。

・Xが、上告した。


本判決の結論

・棄却
・判旨
「ある者が化学物質又はそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有する場合において、第三者が、特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品(以下「後発医薬品」という。)を製造して販売することを目的として、

その製造につき薬事法14条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明の技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは、

特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解するのが相当である。

その理由は次のとおりである。

第一に、特許制度は、発明を公開した者に対し、一定の期間その利用についての独占的な権利を付与することによって発明を奨励するとともに、第三者に対しても、この公開された発明を利用する機会を与え、もって産業の発達に寄与しようとするものである。このことからすれば、特許権の存続期間が終了した後は、何人でも自由にその発明を利用することができ、それによって社会一般が広く益されるようにすることが、特許制度の根幹の一つであるということができる。

薬事法は、医薬品の製造について、その安全性等を確保するため、あらかじめ厚生大臣の承認を得るべきものとしているが、その承認を申請するには、各種の試験を行った上、試験成績に関する資料等を申請書に添付しなければならないとされている。

後発医薬品についても、その製造の承認を申請するためには、あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要する点では同様であって、その試験のためには、特許権者の特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し、使用する必要がある。

もし特許法上、右試験が特許法69条1項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。

この結果は、前示特許制度の根幹に反するものというべきである。

他方、第三者が、特許権存続期間中に、薬事法に基づく製造承認申請のための試験に必要な範囲を超えて、同期間終了後に譲渡する後発医薬品を生産し、又はその成分とするため特許発明に係る化学物質を生産・使用することは、特許権を侵害するものとして許されないと解すべきである。

そして、そう解する限り、特許権者にとっては、特許権存続期間中の特許発明の独占的実施による利益は確保されるのであって、もしこれを、同期間中は後発医薬品の製造承認申請に必要な試験のための右生産等をも排除し得るものと解すると、特許権の存続期間を相当期間延長するのと同様の結果となるが、これは特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを超えるものといわなければならない。

以上のとおりであるから、原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の被上告人の行為は特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たると解すべきであって、上告人の特許権を侵害したものということはできない。

原審の判断は、結論において正当である。

論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであり、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

解説

この事件では、むりやり製造承認のための試験を、「試験または研究のため」であるという認定をしています。

学説は、この判決に否定的です。

なぜなら、69条の趣旨は、技術の進歩を目的とした試験研究について、侵害にしないというものであるのに、製造承認のための医薬の製造は、なんら技術の進歩を目的としていないからです。

補足

この判決では、69条の「試験または研究」について、積極的な定義や解釈をしていません。
この判決が、結論ありきで理由づけをしたといわれるゆえんです。

判例百選での引用によれば、高部眞規子さんは、最高裁が、69条1項の「試験または研究」は、技術の進歩を目的とするものであることを要件としていないと解していると述べているようです。