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補償金支払い請求のための警告;アースベルト事件(昭和61年(オ)第30号、最高裁昭和63年7月19日第3小法廷判決)

事件名

アースベルト事件

論点

出願公開後に警告した後、補正したら、改めて警告が必要か?

事実関係

・出願人Xが、自動車の後部に垂らしてアースしながら走れるベルトについて実用新案登録出願をした。
・Yが、同様のベルトを製造販売
・出願人が、請求の範囲を減縮する補正をした。

・第一審は、棄却
(理由:不明)

・二審も、棄却
(仙台高裁は、まず、法的な解釈として、①補償金請求との関係では、補正のときに新たな出願がされたものと解する、と述べました。そして、②補正後に警告があるか、悪意であることが必要と述べました。そして、あてはめにおいて、③この事件では、補正後の警告もないし、悪意とも認められないから、補償金請求の要件を満たさないとしました。)

本判決の結論

・一部破棄差し戻し、一部棄却

・判旨

「実用新案登録出願人が出願公開後に第三者に対して実用新案登録出願に係る考案の内容を記載した書面を提示して警告をするなどして、

第三者が出願公開がされた実用新案登録出願に係る考案の内容を知つた後に、補正によつて登録請求の範囲が補正された場合において、その補正が元の登録請求の範囲を拡張、変更するものであつて、

第三者の実施している物品が、補正前の登録請求の範囲の記載によれば考案の技術的範囲に属しなかつたのに、補正後の登録請求の範囲の記載によれば考案の技術的範囲に属することとなつたときは、

出願人が第三者に対して実用新案法13条の3に基づく補償金支払請求をするためには、右補正後に改めて出願人が第三者に対して同条所定の警告をするなどして、第三者が補正後の登録請求の範囲の内容を知ることを要するが、

その補正が、願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において補正前の登録請求の範囲を減縮するものであつて、第三者の実施している物品が補正の前後を通じて考案の技術的範囲に属するときは、右補正の後に再度の警告等により第三者が補正後の登録請求の範囲の内容を知ることを要しない

と解するのが相当である。

(なぜなら)
第三者に対して突然の補償金請求という不意打ちを与えることを防止するために右警告ないし悪意を要件とした同条の立法趣旨に照らせば、

前者の場合のみ、改めて警告ないし悪意を要求すれば足りるのであつて、

後者の場合には改めて警告ないし悪意を要求しなくても、第三者に対して不意打ちを与えることにはならないからである。

本件についてこれをみると、出願公開時における本件考案の登録請求の範囲は、・・・・のままではなく、出願公開前の・・・補正により補正されており、・・・・登録請求の範囲の減縮に当たると解される。

そうであれば、・・・被告製品は、補正の前後を通じて本件考案の技術的範囲に属することになるから・・・出願人が同条所定の補償金の支払を請求するには、補正の後に改めて・・・に対して警告を・・・して被上告人らにおいて補正後の登録請求の範囲の内容を知ることは要しない・・・。

なお、右警告ないし悪意の要件については、実用新案登録出願は、一年六か月経過後に例外を除き自動的に出願公開がされるものであるところ・・・本件記録によれば、被上告人らは、・・・本件訴状とともに甲第一号証の一ないし五(本件考案の実用新案登録願、出願審査請求書、明細書、委任状、出願番号通知)の写しの送達を受けることにより、本件考案が出願されたこと及びその内容、出願番号等を知り、その後も、本件考案に類似する考案の出願の有無・内容等を調査し(乙第一号証ないし第三号証、第四号証の一・二、第五号証の一ないし七、第六号証)、本件考案の審査の過程を見守つていたこと(乙第七号証の一ないし七)が窺われ、

更には、第一審の昭和五五年二月二〇日の口頭弁論期日における上告人Aの本人尋問において、被上告人らの訴訟代理人の質問に対して、上告人Aが本件考案はこの間公開されたばかりである旨答えており、

これらのことに照らせば、出願公開の直後に、あるいは遅くとも右口頭弁論期日において、本件考案が出願公開された事実を被上告人らが知つたとの疑いが濃厚である

したがつて、出願公開に基づく上告人Aの補償金支払請求を棄却した原追加判決は、その要件を定めた実用新案法一三条の三の解釈適用を誤つた違法があつて、この違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであり、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるものといわなければならない。

これと同旨に帰するものと解される上告人Aの論旨は、理由がある(なお、上告会社は、その主張によつても、本件考案について独占的実施許諾を受けて昭和五三年六月から原告製品の製造販売をしているというだけであつて、本件考案の出願人でないことが明らかであるから、他に特段の事情のない限り、同条所定の補償金支払請求を認める余地はない。)。

解説

本判決は、補正と補償金請求の要件の警告との関係について法的見解を述べています。

減縮補正の前後を通じて被告製品が請求の範囲に含まれていたときや、 拡大補正により請求の範囲にいきなり入ってしまったときには、再度の警告がいる、という見解です。

注意しなければならないのは、拡大補正の前後を通じて権利範囲に入っているときについては、何も述べていない点です。

不意打ちを防ぐという趣旨であれば、その場合、再度の警告はいらないようにも思えます。

しかし、警告後の一回目の補正で、広範な範囲に補正された場合、公知技術との関係で、ぜったい特許にならないだろうと第三者が考えるような補正の場合、その第三者に、次の補正で減縮したときに再度の警告をするべきかもしれない、という意見があるようです。(百選p85)

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訂正審決の確定と無効審決取消訴訟の帰趨(平成7年行政(ツ)第204号、最高裁平成11年3月9日第3小法廷判決)

事件名
 大径角型鋼管事件(だいけいかくがたこうかんじけん)

論点
無効審判の審決取り消し訴訟中に、訂正審判が確定したときは、その無効審判の審決取り消し訴訟は、どうなってしまうのか。

事実関係

・Xは特許権者

・Yは、特許権者Xの特許に、無効審判を請求した。

・特許庁は、無効にすべきとの審決(請求認容審決)をした(理由:進歩性違反)。

・ 特許権者Xは、審決について審決取り消し訴訟を提起するとともに、特許請求の範囲を減縮する訂正のため訂正審判を請求した。

・訴訟中に、訂正審決が確定した。

・東京高裁は、無効審判の審決に対する審決取り消し訴訟について、棄却判決をした。

(東京高裁は、訂正審決が確定しても、訂正後の発明を無効審決において引用された技術と対比して、無効審決と同旨の理由により同一の結論に達するときは、無効審決における認定の誤りはその結論に影響を及ぼさないから、無効審決を違法として取り消すことはできない、とした。)

・ 特許権者Xが上告

本判決の結論

・破棄自判

・判旨(現行法に合わせて文章をすこし改変済)

「一般に、審決取消訴訟において、審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができない。

ここで、特許請求の範囲が訂正審決により減縮された場合には、減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加されているから、通常の場合、訂正前の発明について対比された公知事実のみならず、その他の公知事実との対比を行わなければ、発明が特許を受けることができるかどうかの判断をすることができない。

そして、このような審理判断を、特許庁における審判の手続を経ることなく、審決取消訴訟の係属する裁判所において第一次的に行うことはできないと解すべきであるから、訂正後の明細書に基づく発明が特許を受けることができるかどうかは、当該特許権についてされた無効審決を取り消した上、改めてまず特許庁における審判の手続によってこれを審理判断すべきである。

もっとも、訂正後の特許請求の範囲に基づく発明が無効審決において対比されたのと同一の公知事実により無効とされるべき場合があり得ないではなく、原判決は本件がこのような場合であることを理由とするものであるが、本件において訂正審決がされるためには、126条3項により、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないから、訂正後の特許請求の範囲の記載に基づく発明が無効審決において対比された公知事実により同様に無効とされるべきであるならば、訂正審決はその規定に反していることとなる。

そのような場合には、123条1項8号において、126条6項に違反して訂正審決がされたことが特許の無効原因となる旨を規定するから、右のような場合には、これを理由として改めて特許の無効の審判によりこれを無効とすることが予定されている。

したがって、無効審決の取消しを求める訴訟の係属中に当該特許権について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合には当該無効審决を取り消さなければならないものと解するのが相当である。

これを本件について見ると、・・・・本件訂正審決による特許請求の範囲の訂正は、特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから、本件無効審決はこれを取り消すべきものである。

解説

この事件は、旧法に関するものですが、現行法下においてもあてはまります。

本判決は、以前の判例(メリヤス編機事件)を前提に、判断が下されています。

この判決には、結論および理由について、批判がされています(百選110~111)。

本判決では、裁判官は、無効審決の取り消しの根拠として

「通常の場合、訂正前の発明について対比された公知事実のみならず、その他の公知事実との対比を行わなければ、発明が特許を受けることができるかどうかの判断をすることができない。」

と言っていますが、これが取り消しの根拠となるかは疑問だという批判です。

つまり、
無効審判の審決取り消し訴訟は、審決の違法性や瑕疵を争うものです。
無効審判と訂正審判とは、別個の手続ですから、無効審判の審決のあとに、訂正審判で特許請求の範囲を減縮する訂正が確定したからといって、そのこと(訂正審決の確定)をもって無効審判の審決が違法ということにはなりません。

また、裁判官が、「通常の場合、」と言っているように、
減縮訂正の前後で、なお無効審決の原因となった公知事実で無効審決が維持できるか場合もありえるのです。すなわち、必ずしも、「その他の公知事実との対比を行わなければ、発明が特許を受けることができるかどうかの判断をすることができない」ことはないのです。

とくに、上に書いたように、審決取り消し訴訟は、審決の違法性を争うものですが、本判決では、無効審決の違法性や瑕疵が何であるか、よくわからないのです。

コメント

メリヤス編機事件の最高裁判例は、単に、無効審決の原因となった公知事実以外の他の公知事実をもとに無効審決を維持することができないと言っているだけなので、この判決の結論の理由づけとしては、あまりよくなかったのかもしれません。

なぜ、わざわざ別の無効審判を起こさなければならないのか、という疑問もあります。

補足

東京高裁平成14年11月14日は、本判決とは異なり、無効審判が請求不成立審決になった場合の事件です。
この事件では、審判請求人がが審決取り消し訴訟を提起したあとに、特許権者が訂正審判による特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正をして、訂正が確定しました。
このときに、東京高裁は、本判決のような当然取り消しを否定したのに注目です。

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生理活性物質測定事件「方法の発明に関する特許権の効力」(平成10年(オ)第604号、最高裁平成11年7月16日第二小法廷判決)

事件名
生理活性物質測定事件(カリクレイン事件)

この判決に関する特許法上の論点
方法の発明に関する特許権の効力

事実関係
・Xは、特許権者であった。

・特許は「生理活性物質測定方法(カリクレインの生成阻害能の測定方法)」についてなされており、この測定方法は、医薬品の品質検定のために使用される方法である。

・Xは、この測定方法を医薬品Aの確認試験に使っている。

・Yは、後発医薬品Bの確認試験に、特許の方法を使用した。

・ Xは、Yが特許の方法を使用しており、Yの医薬品Bの製造販売が特許権の侵害と訴えた。

・Xは、つぎの1~6をYに求めた。
1.抽出液の製造の差止め、
2.医薬品Bの製造販売の差止め及びこれらの宣伝広告の差止め、
3.医薬品yの廃棄、
4.医薬品Bについて健康保険法に基づき収載された薬価基準申請の取下げ
5.医薬品Bについて薬事法に基づき取得した製造承認の申請の取下げ
6.製造承認によって得ている地位の第三者への承継、譲渡の禁止

・Yは、Yが使用している方法は、特許発明とは異なるとして争った。

・第一審は、Xの特許発明の方法と、Yの使用している方法は異なると認定し、Xの請求を棄却した。

・ Xが控訴

・東京高裁は、Yの使用する方法は、特許発明の方法であるとした。
また、「本件発明は、概念的には方法の発明であるが、本件方法が上告人医薬品の製造工程に組み込まれ他の製造作業と不即不離の関係で用いられていることからすれば、実質的に物を生産する方法の発明と同視することができ、本件特許権は、本件発明を用いて製造された物の販売についても侵害としてその停止を求め得る効力を有する」と判断した。
そして、東京高裁は、 Xの請求のうち、
1.「本件方法を用いた」上告人抽出液の製造の差止め、
2.本件方法を用いた上告人製剤の製造販売及び宣伝広告の差止め、
3.上告人医薬品の廃棄、
4.上告人製剤について健康保険法に基づく薬価基準収載申請の取下げを求める限度で、
被上告人の請求を認容し、
その余の5.と6.の請求を棄却した。

・Yは、100条2項の解釈に誤りがあるとして、上告した。

本判決の結論

・破棄自判

・判旨

「 特許権者は、自己の特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の差止めを請求することができるところ(特許法100条一項)、

特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有するから(同法68条本文)、第三者が業として特許発明を実施することは、特許権の侵害に当たる。

そして、特許発明の実施とは、方法の発明にあっては、その方法を使用する行為をいうから(同法2条3項2号)、特許権者は、業として特許発明の方法を使用する者に対し、その方法を使用する行為の差止めを請求することができる。

これに対し、物を生産する方法の発明にあっては、特許発明の実施とは、その方法を使用する行為の外、その方法により生産した物を使用し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為をいうから(同項3号)、特許権者は、業としてこれらの行為を行う者に対し、これらの行為の差止めを請求することができる。

方法の発明と物を生産する方法の発明とは、明文上判然と区別され、与えられる特許権の効力も明確に異なっているのであるから、方法の発明と物を生産する方法の発明とを同視することはできないし、方法の発明に関する特許権に物を生産する方法の発明に関する特許権と同様の効力を認めることもできない。

そして、当該発明がいずれの発明に該当するかは、まず、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである(同法70条1項参照)。

これを本件について見るに、本件明細書の特許請求の範囲第1項には、カリクレイン生成阻害能の測定法が記載されているのであるから、本件発明が物を生産する方法の発明ではなく、方法の発明であることは明らかである。

本件方法が上告人医薬品の製造工程に組み込まれているとしても、本件発明を物を生産する方法の発明ということはできないし、本件特許権に物を生産する方法の発明と同様の効力を認める根拠も見いだし難い。

【要旨第一】本件方法は本件発明の技術的範囲に属するのであるから、上告人が上告人医薬品の製造工程において本件方法を使用することは、本件特許権を侵害する行為に当たる。

したがって、被上告人は、上告人に対し、特許法100条1項により、本件方法の使用の差止めを請求することができる。

しかし、本件発明は物を生産する方法の発明ではないから、上告人が、上告人医薬品の製造工程において、本件方法を使用して品質規格の検定のための確認試験をしているとしても、その製造及びその後の販売を、本件特許権を侵害する行為に当たるということはできない。

したがって、被上告人が、上告人に対し、上告人医薬品の製造等の差止めを求める前記1.と2.の請求はすべて認容することができないものである(なお、本件訴訟の経過に徴すれば、1.と2.の請求を、本件方法の使用の差止めを求める趣旨を含むものと解することもできない。)。 」

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膵臓疾患治療剤事件「後発医薬品と試験研究」(平成10年(受)153号、最高裁平成11年4月16日第2小法廷判決)

事件名

膵臓疾患治療剤事件

論点

製造承認申請のための各種試験と、それに供する製剤の製造を特許期間中に行うことが許されるか?

事実関係

・特許権者Xは、膵臓の治療剤にかかる発明について、特許を受けていた。

・Yは、特許権の存続期間中に、特許権者Xの特許発明にかかる製剤と同一の有効成分を有する製剤を、薬事法の製造を得るために、製造した。

・また、Yは、特許権の存続期間満了後に、製造承認を取得した。

・その後、Yは、製剤の製造販売を開始した。

・Xは地裁で販売の差し止めを請求した。

・第一審では、口頭弁論終結時に、特許権の存続期間が満了していたので、棄却された

・ Xは、損害賠償の請求を追加して、控訴した。

・控訴審では、Yの実施は、69条の試験または研究のためにする特許発明の実施 であるとして、棄却された。

・Xが、上告した。


本判決の結論

・棄却
・判旨
「ある者が化学物質又はそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有する場合において、第三者が、特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品(以下「後発医薬品」という。)を製造して販売することを目的として、

その製造につき薬事法14条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明の技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは、

特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解するのが相当である。

その理由は次のとおりである。

第一に、特許制度は、発明を公開した者に対し、一定の期間その利用についての独占的な権利を付与することによって発明を奨励するとともに、第三者に対しても、この公開された発明を利用する機会を与え、もって産業の発達に寄与しようとするものである。このことからすれば、特許権の存続期間が終了した後は、何人でも自由にその発明を利用することができ、それによって社会一般が広く益されるようにすることが、特許制度の根幹の一つであるということができる。

薬事法は、医薬品の製造について、その安全性等を確保するため、あらかじめ厚生大臣の承認を得るべきものとしているが、その承認を申請するには、各種の試験を行った上、試験成績に関する資料等を申請書に添付しなければならないとされている。

後発医薬品についても、その製造の承認を申請するためには、あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要する点では同様であって、その試験のためには、特許権者の特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し、使用する必要がある。

もし特許法上、右試験が特許法69条1項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。

この結果は、前示特許制度の根幹に反するものというべきである。

他方、第三者が、特許権存続期間中に、薬事法に基づく製造承認申請のための試験に必要な範囲を超えて、同期間終了後に譲渡する後発医薬品を生産し、又はその成分とするため特許発明に係る化学物質を生産・使用することは、特許権を侵害するものとして許されないと解すべきである。

そして、そう解する限り、特許権者にとっては、特許権存続期間中の特許発明の独占的実施による利益は確保されるのであって、もしこれを、同期間中は後発医薬品の製造承認申請に必要な試験のための右生産等をも排除し得るものと解すると、特許権の存続期間を相当期間延長するのと同様の結果となるが、これは特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを超えるものといわなければならない。

以上のとおりであるから、原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の被上告人の行為は特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たると解すべきであって、上告人の特許権を侵害したものということはできない。

原審の判断は、結論において正当である。

論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであり、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

解説

この事件では、むりやり製造承認のための試験を、「試験または研究のため」であるという認定をしています。

学説は、この判決に否定的です。

なぜなら、69条の趣旨は、技術の進歩を目的とした試験研究について、侵害にしないというものであるのに、製造承認のための医薬の製造は、なんら技術の進歩を目的としていないからです。

補足

この判決では、69条の「試験または研究」について、積極的な定義や解釈をしていません。
この判決が、結論ありきで理由づけをしたといわれるゆえんです。

判例百選での引用によれば、高部眞規子さんは、最高裁が、69条1項の「試験または研究」は、技術の進歩を目的とするものであることを要件としていないと解していると述べているようです。

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ボールスプライン事件「均等成立の要件」(平成6年(オ)第1083号、最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決)

事件名

ボールスプライン事件

論点

均等の要件とは?

事実関係

・甲は特許権者であり、「無限摺動用ボールスプライン軸受」という発明Xの特許権者であった
・乙は、似たような製品Yを製造販売していた
・甲は、乙に対して、特許権侵害にもとづく損害賠償請求をした

・第一審で、東京地裁は、請求を棄却した。
(被告乙の製品Yは、特許発明とは一部異なると述べた。また、その一部を置き換えることが出願時に当業者にとって容易であることが、均等の要件であると述べた。そして、XとYとで異なる一部は、置き換えが容易ではないから、均等の前提条件を欠くとした。)

・甲が控訴

・東京高裁は、請求を認容した。

(東京高裁は、特許発明Xの構成要件Aについては、被告製品との違いは、特別の技術的意義がなく、
構成要件Bについては、置換可能性と置換容易性があるとして、均等侵害とした。)

・乙が上告した。

本判決の結論

・破棄差し戻し
・判旨

「特許権侵害訴訟において、相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)が特許発明の技術的範囲に属するかどうかを判断するに当たっては、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明の技術的範囲を確定しなければならず(特許法70条一項参照)、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合には、右対象製品等は、特許発明の技術的範囲に属するということはできない。

しかし、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、

(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、

(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、

(3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、

(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、

かつ、

(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、

右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。

けだし、
(一)特許出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部を特許出願後に明らかとなった物質・技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、社会一般の発明への意欲を減殺することとなり、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するばかりでなく、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となるのであって、

(二)このような点を考慮すると、特許発明の実質的価値は第三者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及び、第三者はこれを予期すべきものと解するのが相当であり、

(三)他方、特許発明の特許出願時において公知であった技術及び当業者がこれから右出願時に容易に推考することができた技術については、そもそも何人も特許を受けることができなかったはずのものであるから(特許法29条参照)、特許発明の技術的範囲に属するものということができず、

(四)また、特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないからである。

これを本件についてみると、原審は、特許請求の範囲の記載のうち構成要件A及びBにおいて上告人製品と一致しない部分があるとしながら、構成要件Bの保持器の構成について本件発明と上告人製品との間に置換可能性及び置換容易性が認められるなどの理由により、上告人製品は本件発明の技術的範囲に属すると判断した。

しかしながら、原審は、

(一)外筒、スプラインシャフト及び保持器により構成される無限摺動用ボールスプライン軸受は本件発明の特許出願前に既に公知であり、本件発明における「該保持器と前記外筒間に組み込まれたボールとによって形成される複数個の凹部間に一致すべく複数個の凸部を軸方向に形成したスプラインシャフト」(構成要件C)はボールスプラィン軸受のシャフトとして通常の構成であること、

(二)そして、
(1)本件発明における保持器が一体構造であり、保持器自体によってボールの無限循環案内、スプラインシャフト引き抜き時のボール保持機能及びシャフト凸部を案内するための凹部形成機能を有する(構成要件B)のに対し、上告人製品の保持器は三枚のプレート状部材11、二個のリターンキャップ31と外筒の負荷ボール案内溝間の突堤25、27、29からなる分割構造のものであり、これら部材の協働により、本件発明の保持器の前記各機能を実現しているところ、

(2)上告人製品における三枚のプレート状部材11及び二個のリターンキャップ31よりなる分割構造の保持器は、、本件発明の特許出願前に頒布された刊行物である米国特許第三三六〇三〇八号明細書における無限摺動用ボールスプライン軸受に示されており、

(3)また、このような分割構造の保持器によりボールを保持するためには外筒の負荷ボール案内溝間に突堤を設けることが技術的に必然であるところ、このような構成は前同様の刊行物である米国特許第三三九八九九九号明細書のボールスプラインに示されていたことを、認定している。右によれば、上告人製品における分割構造の保持器及び外筒の負荷ボール案内溝間に突堤を設けることは、本件発明の特許出願前に公知のボールスプライン軸受において既に示されてい
たことになる。

また、原審の認定によれば、上告人製品は、無負荷ボールを円周方向に循環させる点及びスプラインシャフトの凸部をトルク伝達用負荷ボール案内溝の負荷ボールが左右から挟み込む複列タイプのアンギュラコンタクト構造を採用している点において、本件発明の構成(構成要件A、C参照)と共通するものであるが、

原審が、本件発明の特許出願前に頒布された刊行物である特公昭四四――二三六一号公報、ドイツ連邦共和国特許第一四五〇〇六〇号公報及び米国特許第三四九四一四八号明細書に無負荷ボールの円周方向循環及び複列タイプのアンギュラコンタクト構造に関する記載があることを認定していることからすれば、これらの技術をボールスプライン軸受に用いることは本件発明の特許出願前に公知であったことがうかがわれる。

そうすると、無負荷ボールの円周方向循環及び複列タイプのアンギュラコンタクト構造を備えたボールスプライン軸受の技術が本件発明の特許出願前に公知であったとすれば、原審の認定では保持器の構成はボールの接触構造によって根本的に異なるものではないというのであるから、上告人製品は、公知の無負荷ボールの円周方向循環及び複列タイプのアンギュラコンタクト構造を備えたボールスプライン軸受に公知の分割構造の保持器を組み合わせたものにすぎないということになる。

そして、この組合せに想到することが本件発明の開示を待たずに当業者において容易にできたものであれば、上告人製品は、本件発明の特許出願前における公知技術から右出願時に容易に推考できたということになるから、本件明細書の特許請求の範囲に記載された構成と均等ということはできず、本件発明の技術的範囲に属するものとはいえないことになる。

本件では、前記のとおり、本件明細書の特許請求の範囲に記載された構成中に上告人製品と異なる部分が存するところ、原審は、専ら右部分と上告人製品の構成との間に置換可能性及び置換容易性が認められるかどうかという点について検討するのみであって、上告人製品と本件発明の特許出願時における公知技術との間の関係について何ら検討することなく、直ちに上告人製品が本件明細書の特許請求の範囲に記載された構成と均等であり、本件発明の技術的範囲に属すると判断したものである。

原審の右判断は、置換可能性、置換容易性等の均等のその余の要件についての判断の当否を検討するまでもなく、特許法の解釈適用を誤ったものというほかはない。

右のとおり、原審の判断には、法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるものというべきであって、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、前に判示した点について更に審理を尽くさせる必要があるので、これを原審に差し戻すこととする。よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 」

解説

特許発明の技術的範囲は、特許法70条第1項の規定に従い、特許請求の範囲の記載よって定めなければなりません。

しかし、被告製品が、特許発明のすべての構成要件を満たさず、ちょっとしか違わない場合があります。

そのときでも、被告製品を特許権の侵害といえるようにする理論が均等論です。

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リパーゼ事件「発明の要旨認定」(昭和62年(行ツ)第3号、最高裁平成3年3月8日第2小法廷判決)

事件名

リパーゼ事件

本判決に関係する特許法の論点

審査のときの、発明の要旨認定の方法とは?

事実関係

・Xは特許出願人であり、「リパーゼ」に関する発明について出願した。
特許請求の範囲には、「リパーゼ」という文言があったが、発明の詳細な説明の実施例には「Raリパーゼ」に関する記載しかなかった。

・審査官は、拒絶査定をした。

・出願人Xは、拒絶査定不服審判を請求した。

・審判官は、特許請求の範囲に記載された「リパーゼ」という文言は、文言通り、あらゆる「リパーゼ」を含むと解釈した。
そのうえで、本件発明について、進歩性なしを理由に、請求棄却審決をした。

・Xが審決取消訴訟を提起した。

・東京高裁は、請求を認容し、拒絶審決を取り消した(審決取消判決)。
ちなみに東京高裁は、『文言上は「リパーゼ」だが、発明の詳細な説明を考慮すると、それは「Raリパーゼ」を意味するため、審決は発明の基本構成の解釈を誤った』と述べた。

・特許庁長官が、上告した。

本判決の結論

・破棄差し戻し

・判旨

「特許法29条1項及び2項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を同条1項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、

この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。

特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、
あるいは、
一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかである
などの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。

このことは、「特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載しなければならない」旨定めている特許法36条5項の規定からみて明らかである(旧特許法の話です)。

これを本件についてみると、原審が確定した前記事実関係によれば、本願発明の特許請求の範囲の記載には、
・・・(省略)・・・
「リパーゼ」についてこれを限定する旨の記載はなく、右のような特段の事情も認められない。

よって、本願発明の特許請求の範囲に記載の「リパーゼ」が「Raリパーゼ」に限定されるものであると解することはできない。

原審は、本願発明は測定方法の改良を目的とするものであるが、その改良として技術的に裏付けられているのは、「Raリパーゼ」を使用するものだけであり、本願明細書に記載された実施例も「Raリパーゼ」を使用したものだけが示されていると認定しているが、

本願発明の測定法の技術分野において、「Raリパーゼ」以外のリパーゼはおよそ用いられるものでないことが当業者の一般的な技術常識になっているとはいえないから、

明細書の発明の詳細な説明で技術的に裏付けられているのが「Raリパーゼ」を使用するものだけであるとか、実施例が「Raリパーゼ」を使用するものだけであることのみから、特許請求の範囲に記載された「リパーゼ」を「Raリパーゼ」と限定して解することはできないというべきである。

そうすると、原審の確定した前記事実関係から、本願発明の特許請求の範囲の記載中にある「リパーゼ」は「Raリパーゼ」を意味するものであるとし、本願発明が採用した酵素は「Raリパーゼ」に限定されるものであると解した原審の判断には、特許出願に係る発明の進歩性の要件の有無を審理する前提としてされるべき発明の要旨認定に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。 よって、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし・・・ 」

解説

本事件で争われていたのは、特許庁の審判の結果を覆した東京高裁の判断が、正しかったのかどうかです。

東京高裁は、請求項の「リパーゼ」を「Raリパーゼ」とせまく解釈し、審判官の判断は誤りであったと述べましたが、これに対し、最高裁は、特段の事情がない限り、特許請求の範囲に記載された発明の要旨認定は、文言に忠実に認定すべきと一般論を述べた上で、本件の事実をあてはめ、東京高裁の判断が誤りであったと述べました。結果的には、特許庁の審判官と同じ考え方で判断しています。

補足

特許判例百選(旧)の138頁~139頁では、本判決に言う「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない」場合とは、一般的な技術用語が、その発明の当業者から見たら、ちがう受け取り方をするかもしれない場合をいうのではないか?と述べられています。

感想

本判決は、「リパーゼ」という文言に忠実に判断されたため、「特段の事情」にかかる説示部分は、傍論にあたりますが、この判決にいう「特段の事情」の存在が、出願人の主張により審査・審判で争点となるケースが、今後に出てくるのか考えてみましたが、出てこないのではないかと思います。

なぜなら、 この判決に言う「特段の事情」として挙げられている、
(1)特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合
(2)一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかである場合
というのは、(現在の審査実務では、)ともに、明確性要件違反(36条6項2号違反)であり、この「特段の事情」を、特許出願人が主張した場合、出願人自ら請求項の記載不備を認めるようなことになるため、出願人が主張することはないと思います。

注意事項

この事件について、注意しておきたいのは、本判決と特許法70条2項との関係です。

特許法70条2項は、本判決のような査定系での場面ではなく特許権侵害の判断の場面における、技術的範囲の認定方法に関する条文です。

70条2項は、この事件をきっかけに創設された規定です。

なぜ70条2項が規定されたのか、簡単に説明します。

従来の裁判では、たとえば、出願時の公知技術を権利範囲に含んでしまう発明が特許されてしまった場合、明細書の記載を考慮して、クレームの技術的範囲を意図的に狭く認定し、公知技術や、公知技術に近い技術を使用している人が特許権侵害にならない(非侵害)という結論を出していた事例が多かったようです。

しかし、リパーゼ事件のあと、権利侵害の場面でも原則として、クレームの技術的範囲が、
クレームの文言に忠実に認定されるのではないだろうか・・・・?

という懸念、疑問が、知財の実務家などから生じました。

そこで、権利侵害の判断の場面では、これまでと同様に、明細書の記載から技術的範囲を判断します、
という確認的な意味で、特許法70条2項は規定されたのです。

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通常実施権者の登録請求権(昭和47年(オ)第395号、最高裁昭和48年4月20日第2小法廷判決)

事件名

中押工法事件

論点

通常実施権者は、登録請求権を有するか?

事実関係

・特許出願人Xの出願に対して、新規性違反を理由に、Yが異議申し立てをした。

・XとYとで、示談により、特許査定がされたら、異議立てを取り下げ、Yに通常実施権を許諾する約束をした。

・その後、特許査定がされた。

・その後、競業避止特約の違反を理由に、Yが、Xに許諾した通常実施権の解除の意思表示をした。

・そこで、Xが、通常実施権の存在の確認、登録義務の存在の確認、予備的に先使用権の確認の訴えをした。

・一審では、特約のない限り特許権者には当然には登録義務はないと一般論を述べて、XとYとの間には、黙示の許諾があったとし、特許権者のYに設定登録を命じた。

・特許権者が控訴

・大阪高裁は、特約による登録禁止や、その他の特別な事情がない限り、登録を請求しうるとした。

・特許権者が、上告


本判決の結論

・一部(登録手続き部分)破棄差し戻し

・判旨
「特許権者から許諾による通常実施権の設定を受けても、

その設定登録をする旨の約定が存しない限り、実施権者は、特許権者に対し、右権利の設定登録手続を請求することはできないものと解するのが相当である。

その理由は、つぎのとおりである。

すなわち、特許権の許諾による通常実施権は、
① 専用実施権と異なり実施契約の締結のみによつて成立するものであり、その成立に当つて設定登録を必要とするものではなく、

ただ、設定登録を経た通常実施権は、「その特許権若しくは専用実施権又はその特許権についての専用実施権をその後に取得した者に対しても、その効力を生ずる」(特許法99条1項参照)ものとして、一種の排他的性格を有することとなるにすぎない。

② そして、通常実施権は、実施契約で定められた範囲内で成立するものであつて、許諾者は、通常実施権を設定するに当りこれに内容的、場所的、時間的制約を付することができることはもとより、同時に同内容の通常実施権を複数人に与えることもでき、
また、実施契約に特段の定めが存しないかぎり、実施権を設定した後も自ら当該特許発明を実施することができるのである。

これを実施権者側からみれば、許諾による通常実施権の設定を受けた者は、実施契約によつて定められた範囲内で当該特許発明を実施することができるが、

その実施権を専有する訳ではなく、単に特許権者に対し右の実施を容認すべきことを請求する権利を有するにすぎないということができる。

許諾による通常実施権がこのような権利である以上、当然には前記のような排他的性格を有するということはできず、また右性格を具有しないとその目的を達しえないものではないから、

実施契約に際し通常実施権に右性格を与え、所定の登録をするか否かは、関係当事者間において自由に定めうるところと解するのが相当であり、

したがつて、実施権者は当然には特許権者に対し通常実施権につき設定登録手続をとるべきことを求めることはできないというべく、これを求めることができるのはその旨の特約がある場合に限られるというべきである。

してみると、これと異る見解のもとにかかる特約の存することを確定しないで上告人の設定登録義務を肯認した原判決には法令解釈の誤りがあり、この違法は原判決の結論に影響を与えることが明らかである。

論旨は理由がある。したがつて、原判決中右の部分は破棄を免れず、右部分についてはなお審理の必要があるので、この部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

解説

従来、登録請求については、通常実施権の内容の一部とする考え方と、まったく別物であるという考えがあった。最高裁は、後者をとったことになります。

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産地表示ワイキキ事件(最高裁昭和54年4月10日第3小法廷判決)

事件名
ワイキキ事件

本判決に関する論点

3条1項3号の、産地・販売地の解釈

事実関係

・特許庁 無効審判請求を不成立とする審決
・東京高裁 請求不成立審決を取り消す判決

本判決の結論

「原審は、本件商標が、その指定商品との関係上、その商品の産地、販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり、かつ、これをその指定商品について使用するとその商品の産地、販売地につき誤認を生ずるおそれのある商標であつて、商標法3条1項3号及び4条1項16号に掲げる商標に該当する旨を認定判断している。

商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは、このような商標は、商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章であつて、取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であつて、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであることによるものと解すべきである。

叙上のような商標を商品について使用すると、その商品の産地、販売地その他の特性について誤認を生じさせることが少なくないとしても、このことは、このような商標が商標法4条1項16号に該当するかどうかの問題であつて、同法3条1項3号にかかわる問題ではないといわなければならない。

そうすると、右3号にいう「その商品の産地、販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」の意義を、所論のように、その商品の産地、販売地として広く知られたものを普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものであつて、これを商品に使用した場合その産地、販売地につき誤認を生じさせるおそれのある商標に限るもの、と解さなければならない理由はない。

原審は、本件商標が、その指定商品との関係上、その商品の産地、販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり、かつ、これをその指定商品について使用するとその商品の産地、販売地につき誤認を生ずるおそれのある商標であつて、

商標法三条一項三号及び四条一項一六号に掲げる商標に該当する旨を認定判断しており、この認定判断は、原判決挙示の証拠関係及び説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

論旨は、採用することができない。

同四について所論は、本件商標をその指定商品中、香水を除くものに使用したときその商品の産地、販売地につき誤認を生ずるおそれがないことを前提に原判決を論難するものであるところ、

本件商標を右指定商品に使用するときにもその商品の産地、販売地につき誤認を生じさせることは前示のとおり原判決が正当に認定判断するところであるから、所論は、その前提を欠き失当である。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 」

解説

この事件では、最高裁は、一般論として、
ある商標が3条1項3号の「産地」や「販売地」に該当するか否かを判断する際に、その商標が産地や販売地について誤認を生じさせるかどうかを考慮する必要は無い旨を述べています。

感想

この判決で着目すべき点は、判決文中で述べられた3条1項3号の趣旨のみであり、それ以外の点については、実務上、気にしなくてもよいと思います。

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「レナードカムホート事件」(最高裁平成16年6月8日第3小法廷判決、平成15年(行ヒ)第265号)

事件名
レナードカムホート事件

本判決に関する論点
出願時において4条1項8号本文に該当するが、4条1項8号括弧書の承諾があることにより8号に該当しない商標について,4条3項の規定の適用があるか?

事実関係

・ Xは、商標登録出願をした。
なお、商標は「LEONARD KAMHOUT」 指定商品は「貴金属、かばん、被服など」

・この商標の出願時に、レナードカムホート氏(以下、A)の「同意書」は提出されていなかった。

・その後、Xは、手続き補正書に「同意書」と「その日本語訳文」を添付して提出した。

・ところが、その後、Aは、刊行物等提出書により、「同意書の撤回通知書の写し」と「その日本語訳文」を特許等に提出した。この書面には、Aが、Xへの同意を撤回した旨の記載があった。

・特許庁は、拒絶査定をした。
・Xは、拒絶査定不服審判を請求したが、棄却すべき旨の審決が出された。

・ Xは,審決には8号,商標法4条3項の解釈適用の誤りがあるなどと主張して,その取消しを求める訴えを提起した
・東京高裁は、Xの請求を棄却した。

・Xは、上告した。

本判決の結論

・上告棄却
・判旨
「8号は,その括弧書以外の部分(以下,便宜「8号本文」という。)に列挙された他人の肖像又は他人の氏名,名称,その著名な略称等を含む商標は,括弧書にいう当該他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないとする規定である。(8号の趣旨)

その趣旨は、肖像,氏名等に関する他人の人格的利益を保護することにあると解される。

したがって,8号本文に該当する商標につき商標登録を受けようとする者は,他人の人格的利益を害することがないよう,自らの責任において当該他人の承諾を確保しておくべきものである。

また,3項は,8号に該当する商標であっても,商標登録出願の時(以下「出願時」という。)に8号に該当しないものについては,8号の規定を適用しない旨を定めている。

(4条3項の趣旨)これは,商標法4条1項各号所定の商標登録を受けることができない商標に当たるかどうかを判断する基準時が,原則として商標登録査定又は拒絶査定の時(拒絶査定に対する審判が請求された場合には,これに対する審決の時。以下「査定時」と総称する。)であることを前提として,

出願時には,他人の肖像又は他人の氏名,名称,その著名な略称等を含む商標に当たらず,8号本文に該当しなかった商標につき,その後,査定時までの間に,出願された商標と同一名称の他人が現れたり,他人の氏名の略称が著名となったりするなどの出願人の関与し得ない客観的事情の変化が生じたため,その商標が8号本文に該当することとなった場合に,当該出願人が商標登録を受けられないとするのは相当ではないことから,
このような場合には商標登録を認めるものとする趣旨の規定であると解される。

8号及び3項の上記趣旨にかんがみると,
3項にいう出願時に8号に該当しない商標とは,出願時に8号本文に該当しない商標をいうと解すべきものであって,
出願時において8号本文に該当するが8号括弧書の承諾があることにより8号に該当しないとされる商標については,3項の規定の適用はないというべきである。

したがって,
【要旨】出願時に8号本文に該当する商標について商標登録を受けるためには,査定時において8号括弧書の承諾があることを要するのであり,
出願時に上記承諾があったとしても,査定時にこれを欠くときは,商標登録を受けることができないと解するのが相当である。

これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本願商標は出願時に8号本文に該当するものであり,査定時において上告人が本願商標につき商標登録を受けることについてカムホートの承諾がなかったことは明らかであるから,本件出願は,本願商標が8号に該当することを理由として,拒絶されるべきものである。

以上によれば,原審の判断は正当として是認することができる。

論旨は採用することができない。

解説

4条1項8号と、4条3項
商標法は、査定時に4条1項8号に違反する場合、拒絶理由が通知されます。

ただし、4条1項8号には、「(他人の承諾を得ているものを除く。)」というカッコ書きがあります。
つまり、4条1項8号本文の規定は、他人の承諾を得ている商標には、適用がないことが記載されています。

また、4条3項には、査定時に4条1項8号に該当するが、商標登録出願の時に4条1項8号に該当しない場合、4条1項8号の適用がないことが記載されています。

問題の所在
4条3項にいう、「査定時に4条1項8号に該当するが、商標登録出願の時に4条1項8号に該当しない場合」という状態には、2つの状態が考えられます。

① 出願時:4条1項8号本文に該当しない
査定時:4条1項8号本文に該当する

② 出願時:4条1項8号本文に該当するが、他人の承諾を得ている
査定時:他人の承諾が撤回されたため、4条1項8号本文に該当する

4条3項を文言通り適用すると、①の場合も、②の場合も、4条1項8号の適用がないことになります。
本判決では、②の場合に、4条3項の適用があると考えてよいのかどうかが争われた事件です。

本判決について

最高裁は、②の場合は、4条3項の適用がないと一般論を述べました。

つまり、本判決は、査定時に8号本文に該当する商標を登録するためには、査定時に他人の承諾がいると述べました。

本判決は、「出願時」よりも「査定時」の他人の意思を尊重し、人格的利益の保護を重視したといえます。

もっとも、4条1項8号は、後発無効理由には挙がっていないので(46条1項5号)、もしも、②の事例で、登録になってしまった場合に、無効にされることはありませんので、制度の現状は、人格的利益の保護を徹底できるものではありません。

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クリップ事件「クレーム以外の訂正によるクレームの減縮」(昭和62年(行ツ)第109号、最高裁平成3年3月8日第2小法廷判決)

事件名

クリップ事件

論点

明細書の記載を変更する訂正で、特許請求の範囲が減縮されたといえる場合があるか?

事実関係

・Yは、「クリップ」に関する発明の特許権者であった(特許第950343号、特公昭52-020240 )。
・Yは、無効審判を請求した。

・審判官は、実案を引用例として、特許を無効にすべきと審決した。

・Xは出訴するとともに、訂正審判を請求した。

・この訴訟の口頭弁論終結前に、発明の詳細な説明のうち、接着剤を用いるという説明の部分4か所を削除すし、接着剤を用いた実施例の図面を削除する訂正の審決がされ、確定した。なお、特許請求の範囲の記載はそのままで、あった。

・Xが、民訴338条1項8号を理由に、原判決は破棄されるべきとして上告した。

本判決の結論

・破棄差し戻し
・判旨
「原審は、本件特許出願の願書に添付した特許請求の範囲の記載が

「目的物Oと係合させられるように各々適合させられた複数の一緒に固定された取付け具から成るクリップであって、該取付け具の各々が目的物貫通部分2と、拡大部分4と、該両部分を結合している該貫通部分2から伸長した細長い区分材6と、該貫通部分2を相互に平行的に間隔を置いて結合している切断されうる部材8、10とから成るクリップにおいて、該拡大部分間に介在してそれらを結合している容易に切断されうる固定部材22を備え、該固定部材は該切断されうる部材より隣接する該拡大部分がねじり力により相互に手作業で分離されうる程充分に弱いことを特徴とするクリップ」

であること等を基礎として、

右特許請求の範囲の記載どおりに本件発明の要旨を認定した上で、

(一) 本件明細書の発明の詳細な説明の項の記載を参酌すると、固定部材は各取付部材の拡大部分間に介在してそれらを結合するものであるが、取付機具(ガン)を用いて目的物に取付具を取り付ける際の人の手による一連の連続的動作によって生じるねじり力等の力によって容易に切断し得る程度に弱いものを指すものと認められ、したがって、本件発明の特許請求の範囲にいう固定部材の構成は叙上認定の趣旨に解すべきであり、そのほかには、その素材、形状、寸法等についてこれを具体的に限定する記載はないから、右要件を具備するものであれば、すべて固定部材に包含される、

(二) 本件明細書の発明の詳細な説明の項及び図面には、固定部材として固化した接着剤(接着層)を使用した実施例に関する記載がある、

(三) 接着層の果たす作用効果は他の固定部材と差異がないとして、本件発明の特許請求の範囲の「固定部材」との記載には固化した接着剤(接着層)を含むものである

と認定判断した。

二 ところで、上告代理人提出の特許庁昭和58年審判第6902号事件審決謄本及び本件記録によれば、本件特許については、上告人の訂正審判請求に基づき、原審口頭弁論終結後の昭和62年3月31日、本件明細書及び図面から接着層に関する第12図及び第13図を削除し、併せて発明の詳細な説明の右図面に関連する説明部分を削除する旨の訂正を、特許法126条1項3号の明瞭でない記載の釈明として認める旨の審決がされ、右審決謄本が同年5月20日上告人に送達され、右審決が確定したことが認められる。

右審決には、明瞭でない記載の釈明に相当するものとして上告人の申立てを認める旨の記載があるが、上告人は明瞭でない記載の釈明又は特許請求の範囲の減縮としての訂正審判を申し立てたものであり、

また、右審決も、同条1項1号の特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判請求を認めるための要件である同条3項に規定する訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであったか否かについても検討を加えた上で、上告人の本件訂正審判請求が右要件を具備している旨の判断をもしている。

原審は、本件明細書の接着剤(接着層)に関する発明の詳細な説明の項の記載や図面などを参酌して、固定部材には接着剤(接着層)が含まれるものと認定判断したものであり、原審の右認定判断は、特許請求の範囲の記載文言の技術的意義が一義的に明確とはいえない場合の発明の要旨の認定の手法によったものとして首肯し得るものであるが、

訂正を認容する審決の確定により、特許請求の範囲の記載文言自体が訂正されたものではないけれども、接着剤(接着層)に関する記載がすべて明細書及び図面から削除されたことによって、出願時に遡って、本件明細書の特許請求の範囲の固定部材に接着剤(接着層)が含まれると解釈して本件発明の要旨を認定する余地はなくなったものと解するのが相当である。

三 したがって、本件特許につき訂正を認容する審決が確定したことにより、本件発明の特許請求の範囲の固定部材の構成は、出願の当初に遡ってこれに接着剤(接着層)を含まないものに減縮されたものと認められるから、原判決の基礎となった行政処分は後の行政処分により変更されたものであり、

原判決には民訴法420条1項8号(現行法の民訴338条1項8号を)所定の事由が存するといわなければならない。このような場合には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があったものとして原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため事件を原審に差し戻すのが相当である(最高裁昭和58年(行ツ)第124号同60年5月28日第三小法廷判決・裁判集民事14573頁参照)。よって、行政事件訴訟法7条、民訴法407条1項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

解説

原審は、特許権者が「接着剤」に関する記載を削除する訂正をした後も、特許請求の範囲の記載の「固定部材」に、接着剤層を含むとしました。

しかし、最高裁は、その訂正は、実質的には接着剤を除外するもので、特許請求の範囲の減縮に相当するといいました。

補足

この判決を一般化してしまうのはよくありません。

この事件は、訂正があった明細書をじっくり見て、判断されただけです。

明細書から引例とかぶる部分を削除すればよいというわけではありません。

コメント

実務では、確実性が求められますので、特許請求の範囲をきちんと減縮訂正するのがふつうです。