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解説;原子力エネルギー発生装置事件(昭和39年(行ツ)第92号、最高裁昭和44年1月28日第3小法廷判決)

事件名
原子力エネルギー発生装置事件(最高裁昭和44年1月28日第3小法廷判決
争点
 本件のエネルギー発生装置が、旧特許法一条にいう「発明」に該当するかどうか。

事実関係

・フランスにした出願を基礎出願として(パリ優先権)、「原子力エネルギー発生装置」について、日本に出願がされました。

・特許庁は、拒絶審決をしました。 (理由:産業上安全に利用することができない)
・特許出願人は、出訴しました。
・東京高裁は、出願人の訴えを棄却しました。(理由:産業界において安全確実に実施するための要件を欠き、技術的にみれば未完成で、工業発明をしたものとはいえない)
・出願人が上告しました。

本判決について

・最高裁は、出願人の上告を棄却しました。
・以下、判旨です。

「本願発明は、その明細書によれば、要するに、中性子の衝撃による天然ウランの原子核分裂現象を利用し、その原子核分裂を起こす際に発生するエネルギーの爆発を惹起することなく有効に工業的に利用できるエネルギー発生装置を得ることを目的とするものというのである。

そのような装置の発明であるとすれば、それは単なる学術的実験の用具とは異なり、少なくとも定常的かつ安全にそのエネルギーを取り 出せるよう作動するまでに技術的に完成したものでなければならないのは当然であって、そのためには、中性子の衝撃による原子核の分裂現象を連鎖的に生起させ、かつ、これを適当に制御された状態において持統させる具体的な手段とともに、右連鎖的に生起する原子核分裂に不可避的に伴う多大の危険を抑止するに足りる具体的な方法の構想は、その技術内容として欠くことのできないものといわなければならない。

論旨は、その装置が定常的かつ安全に作動することは発明の技術的完成の要件に属しないものと主張し、また、それが旧特許法一条にいう 工業的発明とするのには、発明の技術的効果が産業的なものであれば足りると論ずるが、本願発明が連鎖的に生起する原子核分裂現象を安全に統制することを目 的としたものであることに目を蔽うものであり、また、それが定常的かつ安全に実施しがたく、技術的に未完成と認められる以上、エネルギー発生装置として産業的な技術的効果を生ずる程度にも至っていないものといわざるをえない。

 発明は自然法則の利用に基礎づけられた一定の技術に関する創作的な思想であるが、特許制度の趣旨にかんがみれば、その創作された技術内容は、その技術分野における通常の知識・経験をもつ者であれば何人でもこれを反覆実施してその目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体化 され、客観化されたものでなければならない。

 従って、その技術内容がこの程度に構成されていないものは、発明としては未完成であり、もとより旧特許法一条にいう工業的発明に該当しないものと いうべきである。

ところで、特許出願の手続においては、右のような発明の技術内容の全貌が明細書(その添付図面を含む。以下同じ。)のうちに開示され て、その記述が審査の対象となるわけである。その発明が技術的に完成されたものかどうかも、明細書の記述によつて判断されるのである。されば、右記述にお いて発明の技術内容が十分具体化、客観化されておらず、その技術分野における通常の知識を有する者にとって容易に実施可能とは認めがたいとすれば、その発明の実体は技術的に未完成のものとして発明を構成しないと判断して妨げないのである。原判決が、本願発明について明細書の記述の不完全から結局これを旧特 許法一条にいう工業的発明にあたらないと解したのは、このような見地に拠るものとして正当と認めることができる。」


解説

本判決では、 発明完成の要件について、一般論を述べています。

本件のエネルギー発生装置については、定常的かつ安全に実施できないことを理由に、「当業者が反覆実施してその目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体化 され、客観化されたもの」ではないと判断されています。

法律書などでは、この事件を一般化して、安全性を欠く技術(たとえば副作用のある医薬)は「発明」に該当するのかどうかが議論されていることが多いようです。

なお、安全性を欠く発明については、「発明」かどうか論じるのではなく、「産業上の利用可能性」の要件の問題として捉える考え方もあります。

このような考え方がなぜ出てくるのかというと、ある技術Aが、安全性を欠くことにより「発明」にあたらないとすれば、ほかの技術Bが出願された時に、技術Aと技術Bがどれだけ近い技術であっても、技術Aにより技術Bの新規性や進歩性が否定されないという困った状態がj生じるからです(つまり、他の出願に与える影響が違ってきます)。

また、優先権の先願に記載された技術が、安全性を欠くことにより「発明」でない、となれば、優先権は発生しないことになり、当然に優先権の主張は無効であり、これも困ったことになるからでず。

 

感想等

・この事件は、36第4項(実施可能要件)が規定される以前の事件です。現行法であれば、反復可能性は、36第4項(実施可能要件)の問題となるでしょう。

・一説によると、本件の出願人は外国人であったため、この出願に特許を与える道を閉ざさないと、当時の日本の原子力技術の発展が遅れてしまうという懸念から、この出願人の上告を棄却したとも言われています。

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解説;発明の未完成と拒絶理由(昭和49年(行ツ)第107号、最高裁昭和52年10月13日第1小法廷判決)

最高裁昭和52年10月13日第1小法廷判決

争点
 「発明未完成」を拒絶理由とする通知は、特許法上、認められるか?

事実関係
・Xは、米国にした出願に基づいて、優先権を主張して「薬物製品」を出願
・特許庁は、拒絶審決をした(理由:不明)
・出願人は、出訴した。
・東京高裁は、出願人の訴えを認め、拒絶審決を取り消すべき旨の判決をした。
(東京高裁は、審決は特許法に定めのない拒絶理由で出願を拒絶しており、違法であると述べた。)
・特許庁長官が上告した。

本判決について

・最高裁は、原判決を破棄し、東京高裁に事件を差し戻しました。

・以下、判旨です。

「特許法(以下「法」という。)2条1項は、「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定め、「発明」は技術的思想、すなわち技術に関する思想でなければならないとしているが、特許制度の趣旨に照らして考えれば、その技術内容は、当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当であり、技術内容が右の程度にまで構成されていないものは、発明として未完成のものであつて、法2条1項にいう「発明」とはいえないものといわなければならない(当裁判所昭和39年(行ツ)第92号同44年1月28日第三小法廷判決・民集23巻1号54頁参照)。

ところで、法49条一号は、特許出願にかかる発明(以下「出願の発明」という。)が法29条の規定により特許をすることができないものであることを特許出願の拒絶理由とし、法29条は、その1項柱書において、出願の発明が「産業上利用することができる発明」であることを特許要件の一つとしているが、そこにいう「発明」は法2条1項にいう「発明」の意義に理解すべきものであるから、出願の発明が発明として未完成のものである場合、法29条1項柱書にいう「発明」にあたらないことを理由として特許出願について拒絶をすることは、もとより、法の当然に予定し、また、要請するところというべきである。

原判決が、発明の未完成を理由として特許出願について拒絶をすることは許されないとして、本件審決を取り消したのは、前記各法条の解釈適用を誤つたものであるといわなければならない。論旨は理由があり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その他の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そうして、本件は、本願発明が本件審決のいうとおり発明として未完成のものであるかどうかを審理判断させるため、原審に差し戻す必要がある。」

解説

この判例の評釈(旧特許判例百選p14~15)によれば、篠原勝美氏が次のような見解を述べています。

1.未完成発明は、審判や訴訟で問題になる。審査実務の現状は、本判決の先例としての価値を失わせるものではない。

2.本判決は、「原子力エネルギー発生方法装置事件」を引用し、出願にかかる発明の内容が、「実施可能性」「反復可能性」「具体性」「客観性」を欠く場合には発明は未完成であるとし、現行法のもとでも、発明未完成の拒絶理由が認められることを確認した。

3.本判決の判旨は、ウォーキングビーム事件に引用され、黄桃育種の事件でも同様の判示があるように、判例法として確立している。

4.黄桃育種の事件によれば、「反復性」は100%でなくともよい

5.発明未完成が問題となる場面には、つぎの場面がありえる。


 ‐ 進歩性の引用発明
‐ 29条の2や39条の先願発明
‐ 先使用による通常実施権の成立要件(正当な知得経路で、「発明」を完成させることが要件だからです)
‐ 優先権の主張要件(先の出願に記載された発明が、優先権のもとになるからです)
‐ 分割出願の出願日の遡及効(分割出願に発明が記載されていないときは、出願日の遡及がないからです)
‐ 職務発明の成立時期(発明完成と同時に使用者が通常実施権を有するからです)

補足

 平成5年の審査基準で、発明完成、未完成に関する記載はすべて削除されました。
現状では、明細書の記載の「実施可能要件」で対処されるようです。すなわち、現在、tっ特許庁は、29条1項柱書の拒絶理由については、法上の「発明」に該当しない内容の出願に対して発せられる運用となっています。

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解説;拒絶審決取り消し訴訟と固有必要的共同訴訟(平成6年(行ツ)第83号、最高裁平成7年3月7日第3小法廷判決)

最高裁平成7年3月7日第3小法廷判決

論点

拒絶審決取り消し訴訟は、拒絶査定不服審判の請求人が複数いるときに、単独でできるのか?

事実関係

・甲と乙とが、共同で実用新案登録出願をした。

・審査官は、進歩性違反で拒絶査定をした。

・甲と乙は、共同で拒絶査定不服審判を請求した。

・審判官は、拒絶審決をした(理由:進歩性違反)。

・甲が単独で審決取り消し訴訟を提起した。

・東京高裁は、甲が単独で審決取り消し訴訟を提起することは適法とした。そして、引例の理解が誤りとして審決を取り消すべきと判決した。

・特許庁長官が、上告した。

本判決の結論

・破棄自判

・判旨(現行法に合わせて改変)

「実用新案登録を受ける権利の共有者が、その共有に係る権利を目的とする実用新案登録出願の拒絶査定を受けて共同で審判を請求し、請求が成り立たない旨の審決を受けた場合に、右共有者の提起する審決取消訴訟は、共有者が全員で提起することを要するいわゆる固有必要的共同訴訟と解すべきである(最高裁昭和五二年(行ツ)第二八号同五五年一月一八日第二小法廷判決・裁判集民事一二九号四三頁参照)。

けだし、右訴訟における審決の違法性の有無の判断は共有者全員の有する一個の権利の成否を決めるものであって、右審決を取り消すか否かは共有者全員につき合一に確定する必要があるからである。

実用新案法が、実用新案登録を受ける権利の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するときは共有者の全員が共同で請求しなければならないとしている(同法41条の準用する特許法132条3項)のも、右と同様の趣旨に出たものというべきである。

そうすると、本件訴えを適法とした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響することが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

そして、前記説示に照らせば、被上告人の本件訴えは不適法として却下すべきである。

解説

最高裁は、以前から、拒絶審決の審決取消訴訟は、固有必要的共同訴訟と解してきました。

本判決で、最高裁は、改めて、固有必要的共同訴訟であることを強調しました。

なお、破棄された東京高裁の判決は、保存行為説を採用していました。

これは実案登録を受ける権利(特許を受ける権利)の財産的性質を重視したことによります。

すなわち、自己の財産的利益を防御するための手続的機会を与ようとする考え方です。

 

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解説;筆記具のクリップ取付装置事件、平成21年2月27日判決言渡(平成19年(ワ)第17762号)

本件は、実用新案権者である原告が実用新案権の侵害を理由として被告に損害賠償を請求したところ、被告が無効の抗弁を主張し、原告がこの無効の抗弁に対して、訂正により無効の抗弁が排斥される旨の主張(対抗主張)をした民事訴訟です。

この対抗主張(以下、「訂正の主張」とする)は、訴訟上の再抗弁に位置づけられると解されているところ、近年、この再抗弁の要件事実について言及する裁判例が蓄積しつつあるので紹介します。

Ⅰ 本判決の事実および争点

1.事実

原告 被告 被告補助参加人
H5.11.26 出願  

 

 

 

H10.3.2 登録  

 

 

 

 

 

H18.11.?? ~ 12.31

被告製品を譲渡

 

 

H19.1.19 訂正審判請求  

 

 

 

H19.3.20 訂正審決(後日、確定)  

 

 

 

(H19.??.??. 侵害訴訟の提起?)  

 

 

 

 

 

 

 

H19.8.15 無効審判請求
H19.11.15 訂正請求①

(訂正請求②により、後に取下擬制される)

 

 

≪無効審判に係属≫
H20.3.4 訂正請求②  

 

 

 

 

 

H20.10.2 訂正請求②が

認められた上で無効審決

H20.??.?? 高裁へ審決取消訴訟を提起  

 

 

 

≪審決取り消し訴訟に係属≫ H21.2.27 侵害訴訟

について棄却判決

 

 

2.争点

(1) 「被告製品が本件考案の構成要件を充足するか」
(2) 「本件登録実用新案が実用新案登録無効審判により無効にされるべきものと認められるか」
(3) 「本件訂正請求が認められることにより,本件考案の無効理由が解消され,本件考案に係る本件実用新案権の行使が許容されるか」

Ⅱ 本判決における裁判所の判断

争点1 被告製品は本件考案の技術的範囲に属し、その譲渡行為は実用新案権を侵害するとした。

争点2 本件考案は,実用新案法3条2項の無効理由を有し、権利行使は制限されるとした。

争点3 本件訂正請求によって,被告及び補助参加人らが主張する無効理由は解消されないとした。

結論  下記の判旨に記載の、訂正の主張の要件事実①および③を検討することなく棄却判決。

Ⅲ 訂正の主張に関する裁判例

1.キルビー事件(最判平12年4月11日平成10年(オ)第364号)
最高裁は判決文中で、「特段の事情」として「訂正審判の請求がされていることなど」を例として挙げた。この「特段の事情」の趣旨は、成文化された無効の抗弁でも引き継がれたものと解されている 。

2.104条の3施行後の裁判例
訂正の主張の要件事実を述べた他の裁判例に、〔多関節搬送装置事件〕(東京地判平成19年2月27日判夕1253号241頁)、[半導体素子搭載用基板事件](東京地判平成19年9月21日平成18(ワ)1223号)、〔現像ブレードの製造方法事件〕(東京地判平成20年11月28日平成18(ワ)1223号)がある。これらの裁判例は、いずれも本判決と同旨の要件事実を述べているが、本判決と同様に、それらを要件とする理由は述べられていない。

3.ナイフの加工装置事件(最判平成20年4月24日平成18年(受)1772号)
この判決により、無効主張を否定し又は覆すために、訂正を理由とする無効主張に対する主張をなしえることが最高裁により確認された 。この事件は本判決文中で引用されている(判旨参照)。

Ⅳ 判旨

争点(3)について
「実用新案権による権利行使を主張する当事者は,相手方において,実用新案法30条,特許法104条の3第1項に基づき,当該実用新案登録が無効審判により無効にされるべきものと認められ,当該実用新案権の行使が妨げられるとの抗弁の主張(以下「無効主張」という。)をしてきた場合,その無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)をすることができると解すべきである(最高裁判所平成18年(受)第1772号同20年4月24日第一小法廷判決参照)。
本件において,被告及び補助参加人らは,本件考案が,・・・無効理由を有しているとして,無効主張をしており・・・その無効主張を認めることができる。また,本件登録実用新案の実用新案登録無効審判事件においては,・・・本件訂正請求を認めつつ,本件訂正考案についての実用新案登録を無効とする旨の審決がされたが,同審決が確定したことを認めるに足りる証拠はない。
このような事情の下で,原告は,本件訂正請求により,上記の無効理由が解消される旨の対抗主張をしているところ,当該主張については,上記の無効主張と両立しつつ,その法律効果の発生を妨げるものとして,同無効主張に対する再抗弁と位置付けるのが相当である。そして,その成立要件については,上記権利行使制限の抗弁の法律効果を障害することによって請求原因による法律効果を復活させ,原告の本件実用新案権の行使を可能にするという法律効果が生じることに照らし,原告において,その法律効果発生を実現するに足りる要件,すなわち,①原告が適法な訂正請求を行っていること,②当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること,③被告製品が当該訂正後の請求項に係る考案の技術的範囲に属することを主張立証すべきであると解する。」

Ⅴ 論点に関する学説

1.訂正の主張の可否

下級審の裁判例は、無効の抗弁に対する訂正の主張を認めている 。これに異論を述べる学説は見当たらない。学説が訂正の主張を認める論拠は、(1)実効性ある紛争解決の実現(2)審級の利益や上級審への負担の考慮(3)再審請求の可能性の増加を防止すること等である 。

2.訂正の主張の訴訟上の位置づけ

訂正の主張を、無効の抗弁に対する再抗弁とする説が通説である 。その論拠は、(1)「訂正後の特許が無効理由を有しない」という事実は「訂正前の特許が無効理由を有する」という抗弁事実と両立すること(2)無効の抗弁の法律効果の否定につながることである 。

3.再抗弁の要件について

以下、便宜的に訂正審判の請求と無効審判における訂正の請求をまとめて「訂正請求等」とする。

要件①:適法な訂正請求等を行っていること

ⅰ)適法性については、当然必要であると解されている。ただし、独立特許要件が問題となる場合の特許要件の充足性についての主張立証責任の分配については検討の余地があるとされる 。

ⅱ)訂正請求等を行っていることが必要か否かは、以下のように学説が分かれる。

「訂正請求等を不用とする説」
この説の論拠は、(1)被疑侵害者が無効審判の請求をすることなく無効の抗弁ができることとのバランス(2)訂正の請求等には時期的制限、共同請求の制限及び専用実施権者等の承諾をとる必要があること (3)単なる名目的な訂正の請求等が行われる可能性があること (4)訂正請求等の負担を特許権者に強いることになること等である。

「訂正請求等を必要とする説」
この説の論拠は、(1)訂正後の特許請求の範囲の無効理由の判断のため、訂正後の特許請求の範囲を明確にする必要があること(2)侵害訴訟は原告の権利行使に起因するのだから訂正を請求する必要を甘受すべきであること 等である。この説はさらに2つに分かれる。

― 訂正請求等の確定も必要とする説
この説の論拠は、訂正請求等が確定する前の判断は、上訴による取消しや、再審の対象となる可能性があり法的安定性を欠くことである 。

― 訂正請求等の確定までは要しないとする説
この説の論拠は(1)訂正が確定したからといって、未だ無効になる可能性はあり、真に法的安定性が実現するわけではないこと(2)訂正請求等により無効理由が解消すると見込まれる場合にまで確定を要することは迅速な紛争解決に寄与しないこと等である 。

要件②:訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること
この要件の存在に関して異論を述べる学説は見当たらない。ただし、無効理由の主張立証責任の分配については検討の余地があるとされる 。

要件③:被告製品が当該訂正後の請求項に係る考案の技術的範囲に属すること
この要件に関しては、結論として訂正の主張の要件にしてよいとする意見が有力なようである。しかし、要件事実論の観点から、議論の余地があるという意見がある 。すなわち、上記要件①②を立証すれば、特許法第104条の3の文言「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められる」を否定できると考えられるため、訂正の主張の要件としては不要ではないかという意見である。

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解説;特許請求の範囲に記載のない発明を目的とする分割出願(昭和53年(ツ)第101号、最高裁昭和55年12月18日第1小法廷判決)

いわゆる半サイズ映画フィルム録音装置事件を解説します。

旧法における、特許請求の範囲に記載のない発明を目的とする分割出願に関する判例です。

 

事件名
半サイズ映画フィルム録音装置事件

論点

旧・特許法は、10条で、2以上の発明を包含する特許出願の一部を新たな特許出願にできるという規定でした。

そこで、「2以上の発明」の、「発明」という文言は、特許請求の範囲の発明をいうのか、発明の詳細な説明や図面の発明も含むのか、これが論点になりました。

事実関係

・出願人は、原出願を出願し、出願公告された。
・出願人が、原出願の明細書に書かれた発明を、分割出願した。
・特許庁は、拒絶審決をした。
(特許庁は、出願公告後に特許請求の範囲を変えようと思うと、せまい範囲で訂正するしかないのに、公告後に明細書から分割を認めると、広い範囲で訂正したことと同じことになり、訂正の制度が無意味になる、と言いました。)

・出願人が出訴

・東京高裁は、請求を認容し、審決を取り消しました。
・特許庁長官が上告

本判決の結論

・棄却

・判旨(長いので、まとめました)

願書に添付した明細書の発明の詳細な説明や図面に記載された発明であつても、その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されているならば、右明細書の発明の詳細なる説明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであつても差し支えない、と解する。

なぜなら、

①特許制度の趣旨が、産業政策上の見地から、自己の発明を特許出願により公開することにより産業の発展に寄与した発明者に対し、公開の代償として、第三者との間の利害の適正な調和をはかりつつ発明を一定期間独占的、排他的に実施する権利を付与してこれを保護しようとするにあり、

②また分割出願の制度を設けた趣旨が、特許法のとる一発明一出願主義のもとにおいて、一出願により二以上の発明につき特許出願をした出願人に対し、右出願を分割するという方法により各発明につきそれぞれその出願の時に遡つて出願がされたものと看做して特許を受けさせる途を開いた点にあること、③他に異別の解釈を施すことを余儀なくさせるような特段の規定もみあたらないからである。

背景

当時は29条の2がなかったので、明細書に書いた発明が、後願の出願人に権利化される場合がありました。
なので、先願の出願人に分割を認めて、先願の出願人が権利化できるチャンスを与えるほうがよかったようです。

解説

「2以上の発明を包含する特許出願」が何を意味するかは、現行法の解釈にも意義を有するもので、
現行法44条の、「2以上の発明」も同じように解釈できるでしょう。

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第二次箱尺事件(昭和61年(行ツ)第18号、最高裁昭和61年7月17日第1小法廷判決)

いわゆる第二次箱尺事件を解説します。

事件名

第二次箱尺事件(最高裁昭和61年7月17日第1小法廷判決)

争点

外国においてマイクロフィルムが特許庁内でのみ配布され、現実に頒布されていない場合、そのマイクロフィルムは、実案3条1項3号の「頒布された刊行物」にあたるか?

事実関係

・「箱尺」という名称の考案が出願されました。

・特許庁の審判官は、拒絶審決をしました。

審決は、出願前に公告されたオーストラリア明細書が、頒布された刊行物にあたるとしたうえで、出願に係る考案は、 オーストラリア明細書に記載の箱尺から容易に考案できると述べました。

・出願人が出訴しました。

・東京高裁は、出願人の訴えを認め、審決を取り消すべき旨の判決をしました。

判決は、オーストラリア明細書の原本が公開されて複写物の交付が認められるだけでは、オーストラリア  明細書の原本自体が「頒布された刊行物」になったとはいえない、と述べました。

・特許庁長官が上告しなかったので、取消判決が確定しました。

・事件が特許庁に戻り、特許庁の審判官は、再び拒絶審決をしました。

審決は、オーストラリア明細書複製物であるマイクロフィルムが、「頒布された刊行物」にあたるとしたうえで、出願に係る考案は、複製物であるマイクロフィルムに記載の箱尺から容易に考案できる、と述べました。

・出願人が出訴しました。

・東京高裁は、出願人の訴えを棄却しました。

判決は、複製物であるマイクロフィルムは「頒布された刊行物」にあたると述べました。

・出願人が、上告しました。

本判決について

・最高裁は、出願人の上告を棄却しました。

・以下、判旨です。

「実用新案法3条1項3号にいう頒布された刊行物とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図画その他これに類する情報伝達媒体であつて、頒布されたものを意味するところ(最高裁昭和53年(行ツ)第69号同55年7月4日第二小法廷判決・民集34巻4号570頁参照)、

原審の適法に確定した事実関係によれば、所論のマイクロフイルムは、オーストラリア国特許第408539号にかかる特許出願の明細書の原本を複製したマイクロフイルムであつて、おそくとも本願考案の実用新案登録出願がされた昭和46年11月2日より前の1970年(昭和45年)12月10日までに、同国特許庁の本庁及び五か所の支所に備え付けられ、同日以降はいつでも、公衆がデイスプレイスクリーンを使用してその内容を閲覧し、普通紙に複写してその複写物の交付を受けることができる状態になつたというのであるから、本願考案の実用新案登録出願前に外国において頒布された刊行物に該当するものと解するのが相当である。

けだし、右の事実関係によれば、右マイクロフイルムは、それ自体公衆に交付されるものではないが、前記オーストラリア国特許明細書に記載された情報を広く公衆に伝達することを目的として複製された明細書原本の複製物であつて、この点明細書の内容を印刷した複製物となんら変わるところはなく、また、本願考案の実用新案登録出願前に、同国特許庁本庁及び支所において一般公衆による閲覧、複写の可能な状態におかれたものであつて、頒布されたものということができるからである。

右マイクロフイルムの部数が一般の印刷物と比較して少数にとどまることは、これをもつて頒布された刊行物という妨げとなるものではないというべきである。

したがつて、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、また、所論引用の前示判例に違背する点も存しない。論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

解説

この事件の刊行物の認定をまとめると、

特許庁は、オーストラリア明細書を、「頒布された刊行物」と認定しました。

ところが、東京高裁は、オーストラリア明細書それ自体が公衆に交付されているわけではないことから、「頒布された」とはいえないとして、審決を取り消しました。

その後、特許庁は、オーストラリア明細書複製物であるマイクロフィルムを「頒布された刊行物」と認定しました。

そして、東京高裁は、それを支持しました。

さらに、最高裁も、それを支持しました。

ここで、オーストラリア明細書複製物であるマイクロフィルムは、それ自体が公衆に頒布されているわけではないという点では、オーストラリア明細書それ自体と同じであり、刊行物にあたらないかのようにも思えます。

しかし、最高裁は、オーストラリア明細書複製物であるマイクロフィルムの頒布性については、閲覧者がマイクロフィルムを閲覧や複製でき、マイクロフィルムの複製物を手に入れられるということから、「「頒布」されたものということができる」としました。

図解

オーストラリア明細書 ・・・特許庁が最初の審査・審判で刊行物と認定したもの
↓(複製)
マイクロフィルム  ・・・・特許庁が二回目の審査・審判で刊行物と認定し、高裁と最高裁もそう認定したもの
↓(複製)
マイクロフィルムの複製物 ・・・最高裁が、マイクロフィルムに「頒布性」ありとした根拠

補足1

この判決では、マイクロフィルムの複製物が公衆に手に入ることを理由に、マイクロフィルムが「頒布された刊行物」と認定されました。

この認定の仕方を、オーストラリア明細書にあてはめると、オーストラリア明細書(原本)が公開され複写可能な状態であれば、原本は、「頒布された刊行物」にあたると考えることができるようです。

(旧特許判例百選p26・27、潮海久雄氏の解説参照)。

補足2

本判決の出された当時、公知・公用(特許法第29条第1項第1号、2号)の判断は、日本国内に限定されていたのに対し、刊行物(同3号)は外国において頒布された刊行物も含むとされていました。そのため、本判決で刊行物を範囲を拡く判断したということの重要性は大きかったとの見解があります

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法律

解説;産地表示「ジョージア事件」(最高裁昭和61年1月23日第1小法廷判決)

論点

3条1項3号の、産地・販売地の解釈

商標 「GEORGIA」
指定商品 「紅茶、コーヒー、ココア、コーヒー飲料、ココア飲料」

特許庁 拒絶審決
3条1項3号に該当

高裁 棄却
3条1項3号に該当

本判決の結論

・上告棄却

「商標登録出願に係る商標が商標法3条1項3号にいう「商品の産地又は販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当するというためには、

必ずしも当該指定商品が当該商標の表示する土地において現実に生産され又は販売されていることを要せず、需要者又は取引者によつて、当該指定商品が当該商標の表示する土地において生産され又は販売されているであろうと一般に認識されることをもつて足りるというべきである。

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件商標登録出願に係る「GEORGIA」なる商標に接する需要者又は取引者は、その指定商品であるコーヒー、コーヒー飲料等がアメリカ合衆国のジヨージアなる地において生産されているものであろうと一般に認識するものと認められ、

したがつて、右商標は商標法3条1項3号所定の商標に該当するというべきである。

これと同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

論旨は、ひつきよう、これと異なる見解に基づき原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

同第四点について所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

解説

最高裁は、3条1項3号の「産地・販売地」について、現実の産地・販売地(文理解釈)よりも広い範囲の概念を包含するとの解釈を示した。

まとめ

商標登録出願に係る商標が3条1項3号にいう「商品の産地又は販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当するというためには、

・必ずしも当該指定商品が当該商標の表示する土地において現実に生産され、または、販売されていることを要しない。
・需要者または取引者によって、指定商品が商標の表示する土地において生産され又は販売されているであろうと一般に認識されることをもつて足りる。

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法律

権利濫用の法とはーその意義・要件・効果ー

権利濫用の法理について解説します。

権利濫用とは?

民法1条3項は、「権利の濫用は、これを許さない。」と定めています。
権利の濫用とは、外形上は権利の行使のように見えるが、その実態が権利の社会性に反し、権利の行使として認めることのできない場合をいいいます。
すなわち、法律上は権利行使が否定されます。
この原則は、民法のみならず、広く民事法全体に適用される原則です。

権利濫用の意義とは?

権利濫用の法理はなぜ必要なのでしょうか。
端的に言えば、制定法などで解決できない事例を解決するために必要とされます。
制定法で権利を規定するとき、細かい場面の全てに適合するような規定を設けることは困難です。
その上、現代のような変化の激しい社会では、制定法を常にその変化に対応して直ちに改正することは、実際には不可能です。
そのため、制定法と、権利の実現との問には、溝があり、不合理な結果をもたらすことがあります。
もちろん制定法では不十分なところは、判例法、慣習法などの不文法がそれを補うことになりますが、それで十分というわけではありません。
そこで、個別的・具体的な規定や法理論とは別に、法の次元外の、道徳原理の導入により問題を解決することが必要となります。
民法1条3項は、そのような制定法の個別的規定の欠缺を補充し、不合理を是正する機能を果たすためのいわゆる「一般条項」としての意義をもち、私人間の利害の調節を目的とするものです。

権利濫用の要件

いかなる権利の行使が濫用となるかについての要件は、民法1条3項の条文自体からは明らかではありません。
従って、個別具体的に、行使される権利の種類、権利行使の際の状況などから濫用かどうかが判断されることになります。
沿革的には、もともと相手方を害する意図のような主観的事情のある権利行使は否定されていました。
しかし、その後は、加害意図のような事情は必要とされなくなりました。
これは、加害の目的といった権利者の主観を重視して、個人の意識まで探ることは、実際上、困難だからです。
それから、客観的な利益の比較衡量により権利濫用の判断をすることができる、とされるようになりました。
日本の判例は、比較的、初期の頃から、権利行使者とその相手方との間の、客観的な利益の比較衡量により、濫用かどうかを判定できることを認めてきました。
例えば、発電用トンネル撤去請求事件(大判昭11・7・10民集15巻1481頁)、板付基地事件(最判昭40年3月9日民集19巻2号233頁) などです。なお、判例の中には、主観的事情を判断の一つの要素としているもの(最判昭47年6月27日民集26巻5号1067頁) 、それを全く問題としないもの(最判昭50年2月28日民集29巻2号193頁)と、いずれも存在しているようです。主観的事情の存在は、権利濫用の適用に必要というわけではなく、適用を容易にする事情というべきでしょう。
上記の客観的利益衡量説に対しては、学説においては有力な批判があります。
それは、濫用の意図など主観的要件が満たされるなど特別の事情が認められて初めて、権利濫用が成立するべきである、というものです(末川博「判批」民商53巻4号123頁、鈴木禄弥「財産法における「権利濫用」理論の機能」法時30巻)
たとえば、土地の無権原使用者に対する所有者の妨害排除請求につき、双方の客観的な利益の比較衡量によりこれを権利濫用とする判例に対しては、既成事実を作った者が勝つことになり妥当でないとしています。
最近では、権利行使者の主観的事情、及び、権利行使者の権利行使により得られる利益とその相手方や社会一般が被る不利益との比較衡量などを総合して、権利濫用にあたるかどうかを判定すべしとする説が多いようです(幾代『民法総則〔第2版〕』18頁、四宮『民法総則〔第4版〕』31頁)。

権利濫用の効果

権利濫用の効果は、一般的には、当該の権利行使に本来与えられるべき法的効果が生じないというものです。
この場合、その権利自体は消滅せず、単にその行使が許されないにとどまります(ただし、親権濫用の場合のごとく例外的に法律の規定により(民834条)、その権利自体が剥奪されるというものがあるようです。)。
権利濫用の効果の具体的なあり方は、濫用された権利の種類、濫用の態様などにより異なるようです。
個別具体的な事例における効果について、ここで詳細に述べることはしませんが、主として以下のものがあります (菅野耕穀『信義則及び権利濫用の研究』28,29頁)。

① 他人の侵害の排除を請求することが権利濫用となる場合がある(所有権に基づく妨害排除請求権など)。この場合には、請求そのものが否定される(例えば、前掲・宇奈月温泉事件)。
② 形成権の行使が権利濫用となる場合がある(解除権の行使など)。この場合には、新たに発生すべき法律関係は発生しない。(例えば、賃借人が転貸(てんたい)した場合に家主の賃貸人が612条に基づいて解除した場合、解除の効果は生じず、契約が存続する扱いとなる)。
③ 正当な範囲を逸脱した権利の行使は、権利濫用として認められない場合がある。この場合、不法行為としてこれによって他人に加えた損害を賠償しなければならない場合がある(例えば、前掲・信玄公旗掛松事件)。
④ 権利の濫用が甚だしくなると、その権利を剥奪される場合がある。たとえば、親権の濫用の場合がそれである(834条)。

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解説:キルビー事件(キルビー特許事件)「特許に無効理由が存在することが明らかな特許権に基づく権利の濫用」(平成10年(オ)第364号、最高裁平成12年4月11日第3小法廷判決)

事件名

キルビー事件

この判決に関する特許法の論点

特許に無効理由が明らかに認められる場合でも、権利行使が認められるのか?

事実関係

・T社(テキサス インスツルーメンツ インコーポレーテッド)は、昭和35年、「半導体装置」に関する出願をした。

(この出願を以下、原出願という)

・昭和39年、T社は、原出願から分割出願1をした

(その後、分割出願1については、拒絶が確定している)。

・昭和46年、T社は、分割出願1から分割出願2をした

・昭和52年に、原出願は登録された。

・平成元年に、分割出願2は登録された。

・T社は、半導体を売っていたF社(富士通)に、分割出願2の特許権を根拠に、製造販売禁止仮処分の申立をした。

・その頃、分割出願2には、登録無効審判が請求されていた。

・F社は、T社に対して、債権不存在確認訴訟(本件訴訟)を提起した。

・一審は、F社の請求を認容した。
(F社の製品がT社の特許発明の技術的範囲に属しないから、非侵害であるとした。)

・二審も、F社の請求を認容した。
(東京高裁は、分割出願1と2は、実質的に同じ発明なので、分割の要件を満たさず、出願日の遡及効を得られないとした。また、分割出願1が拒絶査定が確定していたので、無効理由が内在するものといえ、そのような特許に権利行使を認めることは、権利濫用であるとした。さらに、F社の製品が特許発明の技術的範囲に属しないとも述べた。)

・二審の判決後、分割出願2には、無効審決がなされた。
なお、審決取り消し訴訟が提起され、この最高裁判決が出たときも、無効審決に対する審決取り消し訴訟に継続中であった。

★T社の出願

昭和 35年 原出願    ⇒登録
     ↓
昭和 39年 分割出願1 ⇒拒絶確定
     ↓
昭和46年 分割出願2 ⇒登録 ・・・・・T社は、この特許でF社に製造販売禁止仮処分の申立をした。

本判決の結論

・上告棄却
・判旨(現行法に合わせて改変)

「特許法は、特許に無効理由が存在する場合に、これを無効とするためには専門的知識経験を有する特許庁の審判官の審判によることとし(同法123条1項、178条6項)、無効審決の確定により特許権が初めから存在しなかったものとみなすものとしている(同法125条)。

したがって、特許権は無効審決の確定までは適法かつ有効に存続し、対世的に無効とされるわけではない。

しかし、本件特許のように、特許に無効理由が存在することが明らかで、無効審判請求がされた場合には無効審決の確定により当該特許が無効とされることが確実に予見される場合にも、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求が許されると解することは、次の諸点にかんがみ、相当ではない。

(一) このような特許権に基づく当該発明の実施行為の差止め、これについての損害賠償等を請求することを容認することは、実質的に見て、特許権者に不当な利益を与え、右発明を実施する者に不当な不利益を与えるもので、衡平の理念に反する結果となる。

また、(二) 紛争はできる限り短期間に一つの手続で解決するのが望ましいものであるところ、右のような特許権に基づく侵害訴訟において、まず特許庁における無効審判を経由して無効審決が確定しなければ、当該特許に無効理由の存在することをもって特許権の行使に対する防御方法とすることが許されないとすることは、特許の対世的な無効までも求める意思のない当事者に無効審判の手続を強いることとなり、また、訴訟経済にも反する。

さらに、(三) 特許法168条2項は、特許に無効理由が存在することが明らかであって前記のとおり無効とされることが確実に予見される場合においてまで訴訟手続を中止すべき旨を規定したものと解することはできない。

したがって、特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、

審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。このように解しても、特許制度の趣旨に反するものとはいえない 」

解説

これまで、特許に無効理由があることが明らかな場合でも、裁判所は、特許という行政処分の効力を否定できませんでした。
しかし、この事件で最高裁は、裁判所が特許の無効理由の有無、さらには権利行使の可否を判断できるとしました。

感想

結論は妥当ですが、結論に至る理由付け(二)と(三)については本質的な理由ではないと思いますので、特に判決で述べる必要のない理由ではないかと思います。

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散録

法律用語解説、既判力とは

民事訴訟は、当事者間の紛争を、裁判所が判断することにより、強制的に事件を解決しようとするものです。

判決が確定すると、

①当事者は、その判断に拘束され。同一事項について、その後、異なる主張をすることができなくなります。

②裁判所も、前訴の確定判決の判断に拘束され、同一事項について、矛盾する判断をすることができなくなります。

①と②のように、確定した判決のもつ効力を、既判力といいます。

既判力が認められている理由は、同一事項についての訴訟が際限なく繰り返されるのを防ぐためです。